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性犯罪の被害者の落ち度がことさら責められる理由
ところで、保守的な性道徳のダブル・スタンダードには二種類あって、一つが先にあげた 1-3)。もう一つが... ところで、保守的な性道徳のダブル・スタンダードには二種類あって、一つが先にあげた 1-3)。もう一つが 1-4) オレが 1)のルールを破るのはかまわないが、他の男がやぶるのはけしからん(オレにセックスさせる女はいい女だが、他の男にセックスさせる女は悪い女だ) というもの。これによれば女は「母(妻)/処女(娘)/娼婦」の3種類しかいないことになってしまう(これも「萌え」の意識構造と密接に関わってそう)。というわけで、性犯罪の被害者を「共犯者」と認知してしまうのにはこちらのダブスタも関連している。 「喪男道」〜「ジャンヌダルク(ジャンヌ・ダルクにあらず)」〜「南京事件否定論」をつなぐもの 性犯罪の被害者の落ち度を責めたがる人は、被害者を「共犯者」として認知しているのかもしれない。 目から鱗だった。 ただ、男性がこう思うのはともかく、女性の中にも被害者を「共犯者」として認知する人がいる理由は?