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原発問題について、科学でもなく、経済学でもなく、哲学が果たすべき役割とは? 國分功一郎『原子力時代における哲学』|じんぶん堂
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原発問題について、科学でもなく、経済学でもなく、哲学が果たすべき役割とは? 國分功一郎『原子力時代における哲学』|じんぶん堂
記事:晶文社 書籍情報はこちら 死刑になったソクラテス 大学で学生に哲学を講ずる際、いつも言っている... 記事:晶文社 書籍情報はこちら 死刑になったソクラテス 大学で学生に哲学を講ずる際、いつも言っていることがあります。哲学者というと、机の前に座って本ばかり読んで、浮世のことなんか知らない常識外れの人みたいなイメージがあるかもしれないけれど、実際の哲学者はそれとは正反対だということです。その際に思い起こさねばならないのは、哲学の出発点にいる人です。現在の書き物としての哲学を始めたプラトンです。 プラトンはその師匠であるソクラテスを死刑によって失いました。ソクラテスはアテナイで市民達と問答を重ねていた。自分からは積極的なテーゼを出さず、相手の言っていることを矛盾に追い込み、相手が実は何も分かっていないということを白日の下にさらすというのがそのやり方でした。その結果、一部の者から恨みを買い、若者を堕落させている、神を敬っていないという理由で告訴されてしまいます。裁判の判決はアテナイ市民による投票