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【論文】もう一つの謎、もう一人の名犯人:アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』 - Superposition de la philosophie et de ...
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この小論の目的は、アガサ・クリスティーの代表作とされる『そして誰もいなくなった』(1939)における... この小論の目的は、アガサ・クリスティーの代表作とされる『そして誰もいなくなった』(1939)におけるある別の事件の存在を指摘し、長らく忘れ去られてきたであろう「もう一人の名犯人」の名誉回復を試みることである。 この作品の最終盤をよく読むと、そこには「書かれてあって当然のことが書かれていない」ことに気がつく。そしてこの「記述の不在」を一つの手がかりとして考察を進めていくと、語られざる「もう一つの事件」と、その事件を引き起こしていた一人の人物に行き当たるのである。ここではその事件の諸相と人物の動きをかなり立ち入って検討する*1。 なお「あるべきものの不在が手がかりとなる」といういわゆる〈ネガティブ・クルー〉を多用した作家と言えば、エラリー・クイーンが筆頭に挙げられる。その意味で、この小論はクリスティーのテクストのクイーン的読解と言えるかもしれない*2。 *この小論と似たような読解が既にあれば、