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温暖化を封じ込め、エネルギー転換を実現する道:2015年パリ合意を展望して | Energy Democracy
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温暖化を封じ込め、エネルギー転換を実現する道:2015年パリ合意を展望して | Energy Democracy
基本設計が問題… 周知の通り、京都議定書では国別に削減キャップを設定し、政府が責任を持って自国の温... 基本設計が問題… 周知の通り、京都議定書では国別に削減キャップを設定し、政府が責任を持って自国の温室効果ガス排出を数量的に削減する。来年のパリの合意でも基本はそうなるだろう。実はこの仕組みが問題の根源だ。何故なら、政府は元々自由な経済活動を簡単に規制できないからだ。管理経済でない以上どの政府も本当に責任を持って削減数値を約束はできないのだ。だから責任範囲を小さくし、安全プレーに徹しようとする。全員参加のパリ合意では180か国が安全プレーに徹するだろう。安全プレーを合計しても2℃実現への科学に整合するはずがない。 要するに手段と目的は整合していないのだ。その上さらに、歴史責任論に由来する相互糾弾劇が繰り広げられる。先進国は重たい責任を負うべきだという議論だ。その結果、名状しがたい混沌が支配する。地球環境を守る最も根源的な作業であるのに、相当にずさんなことがまかり通っている。先進国で精々5%程