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苦しすぎる人生に救いはないのか…すべての人間が抱える「根源的な苦悩」に効く「哲学のヒント」(藤田正勝)
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苦しすぎる人生に救いはないのか…すべての人間が抱える「根源的な苦悩」に効く「哲学のヒント」(藤田正勝)
明治維新以降、日本の哲学者たちは悩み続けてきた。「言葉」や「身体」、「自然」、「社会・国家」とは... 明治維新以降、日本の哲学者たちは悩み続けてきた。「言葉」や「身体」、「自然」、「社会・国家」とは何かを考え続けてきた。そんな先人たちの知的格闘の延長線上に、今日の私たちは立っている。『日本哲学入門』では、日本人が何を考えてきたのか、その本質を紹介している。 ※本記事は藤田正勝『日本哲学入門』から抜粋、編集したものです。 「他者」とは何か 本書『日本哲学入門』の第5講では、「自己と他者」について考える。私たちはほんとうに「自己」について知っているのであろうか。むしろ自己自身を見つめるのを避けて生きているのではないだろうか。あるいは、相手の表情の背後にある「他者」そのものを私たちは知っているだろうか。私たちはそもそも「他者そのもの」に迫りうるのであろうか。「他者」と言ったとき、それはすでにかなたに逃れ去ってしまっているのではないだろうか。そうした問題を、井筒俊彦や西谷啓治、森有正、坂部恵、西田