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坂東30番札所・新上総1番札所・文化財に指定されている高床式の珍しい本堂「平野山 高蔵寺」:高倉観音(千葉県木更津市) | 「 #360ぐるん 」ぐるんぐるん動かすパノラマ
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日本武尊が弟橘媛を偲んだという伝説で知られる「恋の森」木更津太田から、旧鎌足村高倉(矢那)への一... 日本武尊が弟橘媛を偲んだという伝説で知られる「恋の森」木更津太田から、旧鎌足村高倉(矢那)への一本道、山狭の集落を抜ける頃、左手に木立の茂る、山が見えてくる。鬱蒼としたモミや杉の古木に囲まれた古刹、それが平野山高蔵寺。 高蔵寺には藤原鎌足生誕にまつわる伝説がある。この里の有力者だった猪野長官(いのうちょうかん)という人物が、40歳あまりになっても子宝に恵まれず、ここの観音に願いをかけたところ、予与観(しょかん)という名の一女を授かった。心清く人に親切な素晴らしい娘に成長したのだが、器量が悪かったため、良縁がなく嘆いていた。彼女は自分が生を享けたいきさつを父から聞かされ、自分もこの観音におすがりした。すると「鹿嶋に行って、日天を拝みなさい」との夢告があり、男子を授かった。これぞ「鎌子」、後の藤原鎌足(614〜669)その人であると言われている。鎌足はその後、この観音を深く崇拝し、七間四面の本
2019/10/01 リンク