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私鉄と地下鉄の相互直通運転はいかにして実現したのか? 日比谷線の誕生と私鉄の都心延伸計画<東京地下鉄100年史> « ハーバー・ビジネス・オンライン
北千住から銀座を経由して中目黒まで、都心を縦断する日比谷線。東京メトロ(当時は営団地下鉄)の路線... 北千住から銀座を経由して中目黒まで、都心を縦断する日比谷線。東京メトロ(当時は営団地下鉄)の路線で初めて相互直通運転を実施した路線である。今では当たり前となっている私鉄と地下鉄の相互直通運転はどのようにして実現したのだろうか。 東京の私鉄にとって山手線は「万里の長城」に例えられることがある。路線図を見れば分かるように、私鉄の路線のほとんどは、山手線の駅にターミナルを置いており、山手線の内側深くまで線路を延ばしている路線は存在しない。 私鉄各路線のターミナル駅である池袋、新宿、渋谷は、今でこそ副都心として存在感を示しているが、戦後長らく東京の中心地「都心」は、東京駅の周辺、丸の内、有楽町、日本橋、銀座などにあった。そのため私鉄は郊外から山手線まで旅客を運び、山手線が都心まで送り届けるという分担がなされていた。 今は山手線の内側には地下鉄ネットワークが建設され、私鉄各社は地下鉄と相互直通運転を
2020/04/05 リンク