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木村元彦連載「塵芥の声を聴く~インビジブル・ダイアリー」第13回「ポーランドがいま直視する加害の歴史~『3月事件』とユダヤ排斥という過去」
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木村元彦連載「塵芥の声を聴く~インビジブル・ダイアリー」第13回「ポーランドがいま直視する加害の歴史~『3月事件』とユダヤ排斥という過去」
春が来ると思いだす。ポーランドにおける「3月事件」をご存知だろうか。それは、社会主義政権下で自由を... 春が来ると思いだす。ポーランドにおける「3月事件」をご存知だろうか。それは、社会主義政権下で自由を求める学生たちが1968年に起こした民主化運動である。「3月事件」の直後、運動を弾圧しようとする過程で、ポーランド政府がユダヤ人を排斥し、国外に追放したことを、ポーランド政府は長きにわたってタブーの闇に葬っていた。 「3月事件」、そしてユダヤ人迫害について、最初に日本に伝えたのは、ブルーノ・シュルツやヴィトルド・ゴンブロヴィッチといったポーランドを代表する作家の翻訳で知られる文学者で、長く多摩美術大学の教授を勤められた故・工藤幸雄さん(1925~2008年)である。工藤さんは1967年から75年まで、ワルシャワ大学日本語学科で教鞭を執り、統一労働者党による一党独裁が続く当時のポーランドで様々な民主化運動を目にした稀有な日本人である。帰国後、80年代に始まったレフ・ワレサ(ヴァウェンサ)(注1)