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中世安房国の勢力図と三浦一族
今回は房総半島の旧安房国圏内(南房総市・館山市・鋸南町・一部を除く鴨川市)を中心に、安房国におけ... 今回は房総半島の旧安房国圏内(南房総市・館山市・鋸南町・一部を除く鴨川市)を中心に、安房国における在地領主らの勢力の移り変わりと三浦一族の痕跡をまとめてみました。 安房国四郡 安房国は平北郡(鋸南町、旧富山町、旧富浦町、旧三芳村の滝田・国府地区、館山市船形・那古)、安房郡(那古・船形を除く館山市、旧三芳村の稲都、白浜町の長尾)、朝夷郡(白浜町の白浜、旧千倉町、旧丸山町、旧和田町、鴨川市の江見)、長狭郡(旧天津小湊町と江見を除いた鴨川市)の四郡で構成されていました。 平北郡は平安末期における呼び名で、元々は平群郡と呼ばれており、さらに鎌倉期では北郡と呼称されていました。今回のテーマが平安末期から始まるのでこの記事では平北郡の名で統一します。それでは、安房国の四郡を地域別に簡潔にまとめてみました。 平北郡 平北郡の鋸南町・旧富山町が三浦氏(三浦義澄・大河戸重澄)、旧富浦町に三浦多々良氏、旧三芳