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東条由布子さんは「正義の人」なのか? - 木走日記
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東条由布子さんは「正義の人」なのか? - 木走日記
今日は少し最近感じていたある感覚について考えてみたいと思います。 ●「正義の人」になってはいけない ... 今日は少し最近感じていたある感覚について考えてみたいと思います。 ●「正義の人」になってはいけない 愛さんのところで、大切なことは「正義の人」にならないことだというテキストが載っておりました。 (前略) もちろんサルトルは何も「不正」を告発することなんて「偽善」に過ぎないのだからそもそも無意味だなどということを言ったのではない。「不正」に依存せずに「正義」の資格を得られると信じ込み、得意げになって「不正」を言い立てるその態度を「下品」だと言ったのだ。 大切なことは「正義の人」にならないことなのだと、僕は思う。 「正義」の人はそうであればあるほど必然的に「不正」に汚染されている。そして「不正」があってはならないことである以上、それを待望する声高な「正義」は出来うる限り無いほうがいい。最も理想的なのは「正義」の告発なしで、誰も知らないうちに「不正」が消滅しているというかたちではないだろうか。も