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父の背中にしがみついた戦争の記憶 「向こうの障害者は…」戦地思う | 毎日新聞
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父の背中にしがみついた戦争の記憶 「向こうの障害者は…」戦地思う | 毎日新聞
沖縄戦の犠牲者らを悼む「慰霊の日」を迎えた23日、平和を願う沖縄の人々の表情には切実さがにじんだ。... 沖縄戦の犠牲者らを悼む「慰霊の日」を迎えた23日、平和を願う沖縄の人々の表情には切実さがにじんだ。世界では今、住民を巻き込む悲惨な地上戦が絶えない。東アジアでも軍備の拡張で緊張が高まり、「基地の島」沖縄では「新しい戦前」という言葉が危機感を持って迫る。20万もの人々が命を奪われた沖縄戦から79年。年老いた体験者らは「子供たちが平和な世の中で生きていけるように」と願った。 79年前、当時5歳だった屋富祖忠治(やふそちゅうじ)さん(84)=那覇市=は、米軍の攻撃から逃れるために山中を進む父の背中に必死でしがみついていた。下半身にまひがあり、自力で歩くことができない。父は全盲の姉の手も引いていた。「私たちを置いて早く逃げて」。そう言う姉を父は諭した。「死ぬときはまんじゅん(一緒)。しわさんけー(心配するな)」。そのやり取りは鮮明に覚えている。 父は那覇市で畳屋を営んでいた。屋富祖さんは4歳のとき