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日下渉『反市民の政治学』 - martingale & Brownian motion
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日下渉『反市民の政治学』 - martingale & Brownian motion
一方において、民主化であり市民社会の「ルール」の重要性を強調しておきながら、他方において、貧富の... 一方において、民主化であり市民社会の「ルール」の重要性を強調しておきながら、他方において、貧富の格差が拡大することを資本主義の宿命として「しょうがない」とあきらめることは、 矛盾 していないだろうか? 私はこれを市民社会の「道徳化」として考えてみたい。 例えば、こんな例を考えてみよう。ある貧しいながら田舎で生活をしていた家族があったとする。しかし、彼らには、まとまった土地がなかったので農業を続けることは難しいと考えて、一念発起して、都会に出てきて、生活の場を都会に移そうとした、としよう。 ところが、である。都会は物価が高い。家を借りるにも、彼らの払えるような金額ではない。しかし、言うまでもない。 彼らも生きていかなければならない。 じゃあ、どうしたらいいのか? 言うまでもない。「不法占拠」しか、ありえない。これが「スラム」である。もちろん、そのままにしていれば、警察に見つかり、いずれは追い