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丸山真男「歴史意識の古層」:つぎつぎとなりゆくいきほひ
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丸山真男「歴史意識の古層」:つぎつぎとなりゆくいきほひ
日本人の発想の根底には、人間の意思よりも物事のなりゆき、筋道や道理よりもその場の勢いを重んじる傾... 日本人の発想の根底には、人間の意思よりも物事のなりゆき、筋道や道理よりもその場の勢いを重んじる傾向がある、そう丸山は考えていたようだ。言ってみれば、主体性が乏しいということだ。その主体性の乏しさが政治の場で作用すると、政治的な無責任がはびこるようになる。丸山が日本ファシズムと名づけた戦時中の全体主義的な体制は、そうした無責任が生み出したものなのだ。そしてこの無責任さをもたらした根本的な要因こそ、なりゆきやいきほひを尊重する日本人の思考の枠組みなのだ。その思考の枠組みを丸山は歴史意識の古層と名づけ、これが記紀の時代から今日までの、日本人の思考を制約してきた、そう考えるのである。 このように整理すれば、「歴史意識の古層」という論文は、日本人の思想の根源にあるものを抉り出したものだといえる。丸山がそれを「歴史意識の古層」と名づけたのは、二重の意味合いにおいてである。ひとつには、記紀神話に見られる