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江戸の人々が「エジプト産ミイラ」を薬として珍重していたワケ 単なる「迷信」というわけでもない
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江戸の人々が「エジプト産ミイラ」を薬として珍重していたワケ 単なる「迷信」というわけでもない
鎖国中の江戸時代に輸入雑貨屋が存在した 江戸時代は鎖国していたというが、長崎におけるオランダや中国... 鎖国中の江戸時代に輸入雑貨屋が存在した 江戸時代は鎖国していたというが、長崎におけるオランダや中国(明→清)、釜山における朝鮮とは、かなりの大規模な交易をしている。だから、さまざまな舶来品が国内に流れ込んできており、お金さえ出せばそれらを手に入れることができた。 なんと、唐物屋といわれる、いわゆる輸入雑貨屋も存在したのである。『摂津名所図絵』(寛政八~十年・一七九六~九八)には、大坂の唐物屋の店内が描かれている。それを見ると、西洋の椅子やワイングラス、中国製の壺、孔雀の羽などが所狭しと並んでいるし、客寄せのためエレキテル(オランダの医療器具)の実験がおこなわれている。 また、寛政の三美人など美人画で有名な喜多川歌麿には「俗ニ云いうばくれん」と題した作品がある。その女性は、袖をまくり上げて二の腕をあらわにし、左手でむんずと蟹を手づかみにし、右手でワイングラスを持って酒を飲んでいる。そんな姿が