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書評『支倉常長』 | 科学技術のアネクドート
「支倉」と書いて「はせくら」と読みます。 『支倉常長 慶長遣欧使節の悲劇』大泉光一著 中公新書 1999... 「支倉」と書いて「はせくら」と読みます。 『支倉常長 慶長遣欧使節の悲劇』大泉光一著 中公新書 1999年 212ページ 戦国時代から江戸時代初期にかけて、多くのキリスト教宣教師が来日して布教活動をした。このことは、日本史の教科書などを通じてよく知られている。 だが、江戸時代初期、日本人が遠く中米、さらには欧州まで赴き、キリスト教の要人たちと謁見した史実は、それほど知られていない。 本書『支倉常長』は、仙台藩祖の伊達政宗(1567-1636)の命を受け、遠くメキシコ、さらにはスペイン、ローマまで辿りつき、スペイン国王やローマ法王などと謁見した仙台藩の下級武士、支倉常長(1571-1622)とその使節団の旅の始終を、歴史的文献などからたどったものである。 伊達政宗にとって、金銀山の豊富にあったメキシコと通商したり、強国として知られていたスペインと同盟関係を締結したりすることは悲願だったのかも