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モペッドか、スクーターか。次回作へのヒントを得ようと欧州へ渡航した本田宗一郎社長と藤澤武夫専務。... モペッドか、スクーターか。次回作へのヒントを得ようと欧州へ渡航した本田宗一郎社長と藤澤武夫専務。しかし、彼らの目に映ったのは、国情の違い、小型バイクの使われ方の違い。 確信したのはもっと上をいく新機軸の小さな二輪車の必要性だった。 時代のプライオリティを求める旅が始まった。 1956年の暮れから57年の年初、ヨーロッパ視察を通じて社長の本田と専務の藤澤には、おぼろげながら、これから作るバイクへの思想と概念が固まりつつあった。モペッドではない。スクーターでもない。この「でもない」という導きの先にあるのは、いまの日本人が本当に求めているもの。日本ならではの、ホンダならではの、まったく新しい使い勝手とスタイリングではないか。また同時に会社の基盤を支えていくものでなくてはならない。それは、ふたりの幹部の帰りと決断を待っていたスタッフたちの、おおよそ予見するところでもあった。 「この頃、社内でいつも
2017/02/28 リンク