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侵攻終結願い故国と日本の架け橋に オデッサ出身の日本人男性、戦禍の悲しみ抱え避難民を支援
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侵攻終結願い故国と日本の架け橋に オデッサ出身の日本人男性、戦禍の悲しみ抱え避難民を支援
ウクライナ南部の港町、オデッサで生まれ育った日本人の男性が今夏、神戸に避難してきたウクライナ人の... ウクライナ南部の港町、オデッサで生まれ育った日本人の男性が今夏、神戸に避難してきたウクライナ人の支援ボランティアに携わった。5月にはオデッサを訪れて、戦火にさらされた故郷を目の当たりにし、友人の戦死の報にも触れた。ロシアの軍事侵攻から24日で半年。停戦の見通しが立たない現状に憤りと悲しみを募らせながら、「日本とウクライナをつなぐ架け橋」として自分に何ができるかを考える。(井上太郎) 船越勇貴さん(22)は2000年、オデッサで生まれた。両親ともに日本人で、父はキリスト教の牧師。加古川市の教会からオデッサに派遣されていた。父母は今もオデッサで暮らす。 オデッサは黒海に面したウクライナ第3の都市で、人口およそ100万人。初代市長はフランス人で市街地には「ギリシャ通り」が延び、オペラの劇場や、チャイナタウンなどの外国人コミュニティーがいくつもある。 街の規模も、多文化が共生する風土も「神戸と似て