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カッダーフィの砂上の楼閣:アラブ民族主義体制はどこで間違ったか
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カッダーフィの砂上の楼閣:アラブ民族主義体制はどこで間違ったか
カッダーフィが殺害されて、「アラブの春」の流れが見えてきた。 民主化要求、社会経済的不満の表出は、... カッダーフィが殺害されて、「アラブの春」の流れが見えてきた。 民主化要求、社会経済的不満の表出は、どのアラブ諸国でも――というより、最近はむしろ全世界的に――共通に見られることだが、今のところそれが政権転覆まで至ったのは、転覆される政権が40-50年前に軍事クーデタで成立したアラブ民族主義政権の場合である。バハレーンなどの王政でも反政府デモが起きているが、国内外の思惑もあって(先進国が、湾岸産油国に多い王政は倒れてもらうと困る、と考えているのは確かだ)、成功していない。 つまり、「アラブの春」は「アラブ民族主義体制の終焉」の方向に背中を押されている。「アラブの春」という、欧米ジャーナリズムが名づけた呼び名自体が、68年の「プラハの春」、つまり社会主義体制に反対する東欧の自由化の試みに擬えられていることを考えれば、この一連の流れのなかに、欧米社会は「独裁の原因にあるアラブ民族主義体制がとうと