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踊り/ダンスとオリンピック・パラリンピック(文:武藤大祐) 【シリーズ】オリパラは日本の文化芸術に何を残したのか?(2)
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踊り/ダンスとオリンピック・パラリンピック(文:武藤大祐) 【シリーズ】オリパラは日本の文化芸術に何を残したのか?(2)
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会は、現在の日本の社会・政治をめぐる問題をたびたび表面... 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会は、現在の日本の社会・政治をめぐる問題をたびたび表面化させ、至るところで「アスリートファーストではない」という批判を巻き起こした。 では、オリパラにとってスポーツとともに重要な柱である「文化」と、それに関わるプレーヤーについてはどうだったのだろうか。オリンピック憲章の根本原則には、「オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである」と記されている。 シリーズ「オリパラは日本の文化芸術に何を残したのか?」では、各分野の専門家に東京大会の文化・芸術に関する側面について検証してもらい、その達成や評価、論点を、今後も大型イベントが予定されている未来に向けて残したい。 第2回は、舞踊学の研究者でダンス批評家の武藤大祐が、ダンスとスポーツの関係や、東京大会の開閉会式における踊り/ダンスについて論じる。[Tokyo Art B