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情報通信新法関連に集まる人達の愚。コミュニケーションを線的に捉えるではなく、集合的に捉えよ。: スポンタのポストモダンから見た『この世界』
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情報通信新法関連に集まる人達の愚。コミュニケーションを線的に捉えるではなく、集合的に捉えよ。: スポンタのポストモダンから見た『この世界』
さて、通信と放送の融合について、真剣に考えている。 放送とはブロードキャストは非特定大量発信であり... さて、通信と放送の融合について、真剣に考えている。 放送とはブロードキャストは非特定大量発信であり、通信とは特定複数発信である。と、確認した。 このブログの読者には、新聞社・テレビ局・シンクタンクの方も多いから、根本的なことを指摘しておく。 コミュニケーションを線的に捉えるのは西洋的思考の特徴であり、コミュニケーションを集合的に捉えるのが日本社会の特徴である。 日本人は和を尊ぶ。というのは、コミュニケーションを集合的(コミュニティー・母集合に対する部分集合)に捉えるということだ。 それが個が脆弱だということにもなるのかもしれぬ。 だが、個人主義の西洋的発想であっても、集合的に考えることに妥当性があるとは考えにくい。 ☆ 総務省の「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」の議論、経団連の「IP時代における通信・放送政策のあり方」、それに関する専門家たちの議論。 特に、中村伊地哉氏の「情報通