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「僕はもう35ミリで映画を撮らないかもしれない」レオス・カラックス - webDICE
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「僕はもう35ミリで映画を撮らないかもしれない」レオス・カラックス - webDICE
へ、閉鎖的な人ですね~。 レオス・カラックスは結局、『汚れた血』以外を見たことがあるのかないのか、... へ、閉鎖的な人ですね~。 レオス・カラックスは結局、『汚れた血』以外を見たことがあるのかないのか、 自分でもわからなくなってしまいましたが、 『汚れた血』はなにか、当時の「イマ風」に、「傷ついている」ことが前提としてガバッと出てきて、 カメラもなにか妙に対象に近くって、 若者の短絡思考と、ロマン主義と、輪廻転生と、人の善意踏みにじりがごちゃ混ぜで (すみません、記憶のみで語っています)、 なんだか落ち着かず、決して好きとは言えませんが、印象に残る作品ではありました。 まあ、邦題がよかったと思います。これが、『悪い血』とかだったとしたら、やっぱり印象が半減したことでしょう。 しかし、自己責任とまでは言いたくありませんが (なぜなら、よいことをしたつもりでも悪い結果が出る時もあるから。 すべては、この世の自分だけでは制御できない、連綿たる命のつながりの中で起こることだから) 「心が通じ合える人