前回の記事の続き。 快感・不快感というのは、理屈や論理ではなく、感情あるいは感覚だ。時として、思想や倫理や事前の思惑とは全く別の次元で生まれてくる。 喜び、悲しみ、楽しみ、怒り、その他の感情は、意外と現実の現象とリンクさせやすい感がある。感情自体は自然に不作為に生まれるが、自分でも、こういうことが起これば嬉しい、こういう事柄には怒りを感じる、というような学習が比較的容易だ。 快・不快というのはもうちょっとプリミティブで、感情というよりは感覚に寄っている。思いもかけないことでスカッと心地よくなったり、逆にこんなことで? と思うようなことでひどく不愉快になったりすることもある。そのぶん、こういう状況なら快、こうなら不快、と予測することが比較的難しいように思う。 そのぶん、今現在自分は快に感じているのか? あるいは不快に感じているのか? ということを、折々に自分自身に問いかけながら、心の中を探索