書くとは、書き得ないことを体得する逆説的な行為である。さらに、文字を通じて、文字では表わし得ないものとつながることでもある。この素朴な、しかし、どこまでも深まる公理を、あるとき少女が発見する。同時に彼女は、見る、あるいは聞くといった素朴な行為が、単なる生理的反応ではなく、時代の、造られた常識を根本から覆す力をもっていることを知る。彼女は、書く、見る、聞くことを通じて世界に小さな、しかし、確かな革命を起こそうとする。現象の奥に実在をかいま見る者を「見者(けんじゃ)」という。彼らはしばしば時代に病者として虐げられた。この作品は、主人公の自伝であり、沈黙を強いられた見者の遺言として語られる。 少女が小学5年生だったころの回想から物語は始まる。主人公は「大栗恭子」という。舞台は、海塚(うみづか)市と呼ばれる小さな地方都市だ。この町はあるとき災害によって人間が暮らすことができなくなる。この場所は名前
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