どうしたら、若い人たちに『苦海浄土(くがいじょうど) わが水俣病』を伝えていくことができるのか。いのちの尊厳を踏みにじった、水俣病事件を次の世代に語り継ぐことができるのか。このことをめぐって、著者の石牟礼(いしむれ)道子さんとは幾度も話した。会うときは、単に彼女の話を聞くというよりも小さな「会議」のような心持ちだった。 ある日、考えることに多くの時間と労力を割くようになった現代人は、何かに「ふれる」のが、あるいは「感じる」のが不得意になった。いのちの姿は考えるだけでは現れてこないと思うと私がいった。すると彼女は、しばらく沈黙したあとこう語った。 「手をたくさん動かすといいですね。手仕事をするとよいと思います」。現代は、なるべく手を動かさずにすむように社会を作ってきた。このことで人は便利な生活を送れるようになった。しかし、その陰で生けるものへの感覚を見失ったのではないかというのである。 書く