2024年3月22日、浄土真宗大谷派の名古屋別院で大谷派とチベット仏教の歴史についてお話させていただいた。実は日本の諸宗派の中でもっとも早くチベット仏教と接触したのは大谷派の僧小栗栖香頂である。また、1905年に日本人として三番目にチベット入りし、1906年にはダライ・ラマ13世の親日工作のために大陸に送られた寺本婉雅も大谷僧。彼はおそらくダライ・ラマ13世が日本人であると認識してあったはじめての日本人でもある。つまり、大谷派とチベット仏教の関係はあさからぬものの、はなばなしくチベット入りし研究も盛んにおこなわれている青木文教、多田等観などの本願寺派の僧とくらべて、意外に知られていない。そこで、以下その講演内容を転載したい。 ちなみに資料編は以下のURLからダウンロードできます。では始まり始まり〜。 ●明治期の大谷派とチベット仏教(喇嘛教) 勤王僧を輩出し、時流にいち早くのった西本願寺と異