社会保障制度について、あなたはどう考えていますか? 社会保障制度にたいして、世間で一般的に「保守」と(自称も含めて)呼ばれている人たちからは、しばしば否定的な意見が聞かれます。それは、公共サービスの拡大によって自立精神が衰弱し、逆に依存心が増大すると、財政の膨張と負担の増大を招き、経済の活力を損なうとともに、社会全体にエゴが蔓延するという批判です。こうした主張は以前からかなり広く流布しています。とりわけ「小さな政府」を支持する人たちは、社会保障だけではなく、公共投資や教育などを含め、おおよそあらゆる政府の事業を否定的に捉える傾向がありますが、彼らは近年、財政再建を声高に叫ぶのにつれて、歳出で大きな比重を占めている社会保障費を最大の標的にしています。 ところが、ほんの数年前には、社会保障制度をめぐって、まったく逆の問題が指摘されていました。それは、新自由主義的な構造改革路線の結果、社会保障制
私が子供のころ、母は専業主婦でした。私は母に愛され躾られながら育ちました。しかしフィリピンには、母親が会社などで働いていたため、「育児代行」をする「ナニー」に育てられた人もいます。「中流層」にはナニーを雇って子供の面倒を見てもらっている家庭が多いのです。というわけで「女性の社会進出」という面に関しては、日本に比べてフィリピンの方が「進んでいる」と言えるかもしれません。ただ、キャリアに専念する「勝ち組」の女性と、その女性の子供の面倒を見る「負け組」の女性とで社会が別れてしまっているという見方もできます。 ナニーも“職業”である以上、交代することもある。 私はナニーではなく、母親に育てられたことをよかったと思っています。母も、結婚するまでは働いていたのですが、母親とは自分の子供の面倒を見るものだと信じて子供ができたときに専業主婦になることを選んだわけです。もちろん、ナニーに育ててもらって「普通
はじめまして。今回から寄稿させていただくことになりました青木泰樹です。宜しくお願い致します。 もっぱら経済関係の話題についてお話ししたいと思いますが、その内容は世間一般の経済学者の見解とはかなり異なったものになると思います。なぜなら、私の依拠する経済社会学は、既存の経済学の枠に収まらない部分を分析対象とするものだからです。収まりきらない所にこそ現実における真理があると私は考えております。初回はその辺りの事情について説明したいと思います。 複雑な社会をどう理解するか 社会は複雑です。壁を這う蔦(ツタ)のように様々な要因が絡み合っています。それを解きほぐし、その一本一本から社会事象を理解しようとするのが社会科学を構成する各学科(社会諸科学)です。複雑なものを最初から丸ごと理解することはできないので、複雑さの一面だけを取り出そうとしたのです。それゆえ各学科は相互に孤立した学問として出発しました。
こんにちは、島倉原です。 前回は、 マンデル=フレミング・モデルを前提とすれば、「変動相場制の開放経済では、金融政策の財政政策に対する『相対的な有効性』が、固定相場制の開放経済の時よりも高くなる」という結論が導き出されるものの、 このこと自体は、一部のリフレ派が「マンデル=フレミング・モデルの帰結」と称して主張する、「変動為替相場制のもとでは、財政政策よりも金融政策の効果のほうが大きい」という議論の根拠にはならない。 という話をしました。 今回は、 マンデル=フレミング・モデルを前提とすれば、変動相場制の開放経済では、金融政策の財政政策に対する「相対的な有効性」が、閉鎖経済の時よりも高くなる。 という、前回の話よりもマクロ経済学の教科書で取り上げられることが多い帰結について説明したいと思います。 今回の説明では、「マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編」を参考にしています。 右肩下がりとなるI
本稿では、Randall Wrayの「最後の雇用者(Employer of Last Resort,ELR)」政策(以下ELR政策)について述べる。ELR政策という概念は、日本ではあまり広まっていないといえる。現在の日本が抱えるデフレーションなどの問題を考えるにあたり、ELR政策は参考になると思われるので、以下で簡単に解説、検討したい。 最後の雇用者である政府が雇用の安定化を担う ELR政策とはどのような政策なのだろうか。端的にいえば、公共部門が失業者を雇用する政策である。Wrayによれば、政府は「民間部門雇用を見いだせないすべての労働を雇用する最後の雇用主として行動する」(Wray,1998,p.125)とされる。具体的には、政府はある賃金を設定し、その賃金での雇用を求めている人をすべて雇う。このようにして提供される雇用をBPSE(basic public sector employme
4月10日の文芸春秋の記事に、現在の安倍政権に関する面白い分析が書かれていました。 「株価依存内閣」の危うい舵取り アベノミクスのバロメーターは、なにより株価だ」3月11日、首相官邸。安倍は居並ぶ経済関係閣僚を前に漏らした... 危機感を強めるのは官房長官の菅だ。菅は安倍に「とにかく経済優先で」と説き、靖国参拝にも最後まで反対の立場をとった。それだけに、株価の下落傾向が定着してしまえば自らの立場は揺らぎ、政権の勢いも失われる... 法人減税以外に、アベノミクス効果を維持する手段はみあたらないというのが「経済優先」を唱える菅、そして経産省出身の首相政務秘書官・今井尚哉の共通認識... 安倍内閣に期待を寄せさせた“自称”保守言論人の罪 震災復興、長期に渡るデフレ不況、複雑な国際情勢、来るべき大震災への対応と、様々な危機に対応するため「危機突破内閣」と銘打たれて誕生した安倍政権ですが、現在では支
私が私であるということは、自分が考えねばならぬ 人権、自由ということについて何処彼処でありとあらゆる方面から声高に叫ばれているわけですが、昨今いろいろなところでセクシャルマイノリティの方々の「権利を、自由を認めよ!」とか、「差別をなくせ!」という声を耳にする事が皆さんもあると思います。 テレビのバラエティ番組に戸籍上男性だけれど女性の格好をして、振る舞いも女性的な人達が頻繁に登場する近年の所謂「おネエブーム」だとか言うのがありますといわれて見れば、「最近どこ行っても洋式便器しかないなあ」とかいう程度の流行に疎い私でも、「ははあそういうお人のお顔を広告なんかで確かによくお見かけしますわい」と感じます。振返ってみますと、幼い頃テレビで観ていた場面では、外国のニュース、アメリカの、ニューヨークだとか、サンフランシスコだとかだったと思いますが、ゲイパレードの様子を遠い国での出来事として映像で見る、
こんにちは、島倉原です。 前回は、「変動為替相場制のもとでは、マンデル=フレミング・モデルにより、理論的には財政政策の効果はないとされている」という議論が誤っていることを解説しました。 今回は、「変動為替相場制のもとでは、財政政策よりも金融政策の効果のほうが大きい」という議論も「理論的に」誤っていることを、今度はフレミング氏の論文に基づいて解説してみたいと思います。 前回紹介した高橋洋一氏の著作以外にも、こんな著述がありました。 財の価格は一般に硬直性を持つので、変動相場制の下においては、金融を拡張すると自国通貨の価値が下がり、輸出産業と輸入競争産業にとっては競争のハードルが下がって金融政策が有効となる。逆に財政政策、すなわち政府支出は外需が自国金利の上昇によってもたらされる自国通貨高により削られてしまうので、経済に限定的な効果しか持ち得ない。これは、マンデル=フレミング分析として知られる
「金利固定」の制約がもたらす、財政出動無効化メカニズム では、財政出動や金融緩和を行うと、図1のIS*-LM*バランスは、それぞれどう変化するのでしょうか。 まず財政出動ですが、財政支出自身がGDPの一部であり、かつ乗数効果も働くため、他の条件が変わらなければGDPはより高いレベルでバランスします。したがって、IS*曲線が右側にシフトします。他方で、LM*曲線はそのままです。 結果として、為替レートが自国通貨高になるだけで、GDPは全く増えません(図2)。これは、「財政出動で経済取引用の貨幣需要量が増えて、資金調達コストを示す金利に上昇圧力がかかる→金利がもとの水準に低下するまで国外から資本が流入し、自国通貨の価値が上昇する(国外の投資家が自国通貨を購入するため)→純輸出が減少し、財政出動分が打ち消される」というプロセスを経て実現します。 【マンデルの仮定の下で財政出動を行った場合】 では
こんにちは、島倉原です。 今回から3回にわたり、財政政策の効果が無い、あるいは効果が乏しいことの論拠としてしばしば持ち出される、マンデル=フレミング・モデルについて解説してみたいと思います。 マンデル=フレミング・モデルはその名の通り、経済学者であるロバート・マンデル氏とジョン・マーカス・フレミング氏がほぼ同時期(1960年代初頭)に考案したマクロ経済モデルです(1999年、同モデルの功績により、当時存命だったマンデル氏のみがノーベル経済学賞を受賞しています)。 今回は、しばしば持ち出される「変動為替相場制のもとでは、マンデル=フレミング・モデルにより、理論的には財政政策の効果はないとされている」という議論には、ある意味理論的根拠すらないことを、マンデル氏の論文に基づいて示してみたいと思います。では、マンデル=フレミング・モデルについて比較的わかりやすく解説されている資料を見ていきましょう
日本は、1997年のデフレ突入以降15年以上続く長いデフレ不況によって、企業は疲弊し、従業員の給料は上がらず、企業も従業員も共に苦しむことになりまた。 しかし、一方で、このような時代に台頭してきた企業もあります。ワタミやユニクロあるいは吉野家といった低価格で勝負し、従業員を徹底的に安い賃金でこき使ういわゆるブラック企業と呼ばれるような企業や、企業にとっては福利厚生を考慮せず安い賃金で雇える人を派遣する人材派遣会社などです。 経営とは末端の従事者の人生を吸い取っていくことなのか 派遣会社などは、派遣労働法の改正等別の政治的な要因もあるのですが、これらの企業は、一般にデフレ期における低価格競争の勝者であると言えるでしょう。つまり、労働者の賃金が下がり、雇用が不安定になりがちなデフレ不況期において、これらの企業の経営者は、如何に従業員の給料や雇用の安定性を確保しようかという問題をまったく考えずに
「平日極楽、金曜地獄、死んでも泊まれぬ土曜の夜」 というフレーズを知っているだろうか?うん、知るわけがないよね。私がいま作った「一人ラブホフリーク」を象徴的に現した言葉だからだ。元ネタは不謹慎ながら「ジャワの極楽、ビルマの地獄、死んでも帰れぬニューギニア」からだが、「一人ラブホフリーク」にとって、金曜日の夜と土曜日の夜における宿泊が如何に困難であるか、を的確に表現したかったのである。 今更恐縮だが、ラブホテルに一人で泊まることを「一人ラブホ」と呼称し、何を隠そう筆者はその重篤なフリークなのであって、この「一人ラブホ」が如何に素晴らしいものであり且つ高度な社会的意味合いを有するかの詳細については、本連載の第一回目『一人で泊まるラブホテルのススメ』を参照されたい。 さて連載二回目の今日は、評判であった第一回目の記事を受けて、「では実際に、一人でラブホテルに泊まるのにはどのようなコツが要るのか。
モータリゼーションによって消えつつある駅前の商店街 近年、路面電車の再評価が行われ、世界の各都市で路線の復活や新設が進んでいます。LRT(Light Rail Transit)という、機能や意匠の優れた交通システムとして再生しているのです。特にヨーロッパの都市で、電停との段差のない瀟洒な車両が、街の風景を生き生きと演出している様子は有名です。 この背景には、自動車の自由放任がもたらす都市の荒廃への危機意識がありました。というのも、騒音や排ガスが都市の環境を汚染し、「足」の高速機械化が都市のスプロール化を促進し、そして、「走る凶器」となった車体が人命を損傷してきたからです。 わが国も高度成長期以降、自動車での移動を前提とする都市政策を推進してきました。そのため、特に地方において、都市は見るも無惨に破壊されました。狭い旧市街にはコインパーキングが増殖し、街並みは虫食い状態になり、さらに、青空駐
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