フェルディナント・テンニース(ドイツ語: Ferdinand Tönnies [ˈtœni̯əs][1]、1855年7月26日 – 1936年4月9日)は、ドイツの社会学者。共同体における「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」の社会進化論を提唱したことで知られる。テニース[2]、テンニエス、テニエス[3]などとも表記される。 シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州生まれ。少年時代は豊かな農村で過ごし保守的な気質を育む。1872年にシュトラスブルク大学入学、その後、イェーナ大学、ベルリン大学などで学び、テュービンゲン大学で古典言語学の学位をとったのち、関心は政治哲学、社会問題に向かった。 労働組合や協同組合運動に積極的に参加、またフィンランドやアイルランドの独立運動を支援した。1881年にキール大学の哲学・社会学の私講師、1913年に正教授となる。また、ドイツ社会学会の会長を1909~1933