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郊外に関するhashimotronikaのブックマーク (13)

  • サードプレイスvsショッピングモール(消費社会の生き方) - b

    最近はとても忙しかったが、久々に休みができた。フランス語の中間試験も終わり、とりあえず切羽詰まった感覚が抜けて時間もできたので、ブログを書こうと思う。 いまは社会学のゼミでレイ・オルデンバーグの『サードプレイス』というを読んでいる。 サードプレイス―― コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」 作者: レイ・オルデンバーグ,マイク・モラスキー(解説),忠平美幸出版社/メーカー: みすず書房発売日: 2013/10/26メディア: 単行この商品を含むブログ (4件) を見る 「家=ファーストプレイス」でもなく「職場=セカンドプレイス」でもない「とびきり居心地のいい場所=サードプレイス」が現代のアメリカにはない!みたいなことを言っているで、とても面白い。しかし実際、ゼミで一緒に学ぶ学生たちは、「サードプレイスなるものが欲しいか」という議題に対し、多くの人が「いらない」という意見を

    サードプレイスvsショッピングモール(消費社会の生き方) - b
  • 大場正明 - Wikipedia

    大場 正明(おおば まさあき 1957年 -)は、日映画評論家。横浜市出身[1]。中央大学法学部卒業。『SWITCH』、『エスクァイア』などを主な執筆の場とする。アメリカ文化に詳しく、サバービア(郊外)についての考察を絡めた映画評が出色である。映画以外にも、ブルース関連書の共訳、フィリップ・ディックについての研究書の共訳、フリークスについてのレスリー・フィードラーの著書の伊藤俊治らとの共訳もある[2]。 趣味は、登山、写真、料理[3]。 著作[編集] 単著[編集] 『サバービアの憂 アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)/ 新版・角川新書 『ブルーベルベット』『シザーハンズ』『ヘザース』『アップルゲイツ』『泳ぐひと』『普通の人々』そしてジョン・ウォーターズ諸作品などに表れる、”郊外的なもの”を考察した[4]。 『アメリカ映画主義 もうひとつのU.S.A』(フィルムアート社) イ

  • バンリュー - Wikipedia

    この記事には複数の問題があります。改善やノートページでの議論にご協力ください。 出典がまったく示されていないか不十分です。内容に関する文献や情報源が必要です。(2017年10月) 脚注による出典や参考文献の参照が不十分です。脚注を追加してください。(2017年10月) 出典検索?: "バンリュー" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL ニーム郊外の巨大団地 ヴェルサイユ近郊に広がる郊外住宅地。「豊かなバンリュー」も存在する バンリュー(Banlieue)は、フランス語で「郊外」という意味である。フランスで「郊外(バンリュー)」が問題になる場合は、パリなど大都市郊外の、移民が多い貧しい公営住宅地帯を指す場合が多い。 フランスでは英米と違い、ジョルジュ・オスマン男爵による19世紀のパリ大改造の影

    バンリュー - Wikipedia
  • コナベーション - Wikipedia

    この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方) 出典検索?: "コナベーション" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2018年12月) コナベーション、または、コナーベーション(英: conurbation)とは、発生を異にする複数の隣接する都市が発展し、行政区分の境界を越えてつながって連坦し、1つの都市域を形成している状態のこと[1]。 由来[編集] パトリック・ゲデスがその著書「Cities In Evolution」(1915年)において造語した[2]。 語源[編集] con-(コン):「一緒に」という意の接頭辞。ラテン語の前置詞に由来。 urban(アーバン):「都市化した」という

  • 対談:郊外の歴史と未来像[1]郊外から建築を考える

    三浦展氏、藤村龍至氏 所沢「第四山の手」とセゾン文化 三浦展──ツイッターでのちょっとしたやりとりをつうじて、今回藤村さんと対談を行なうことになったわけですが、きょうは僕としては、藤村さんのパーソナル・ヒストリーをおうかがいすることで、「郊外世代」が何に根拠を求めてものをつくっているのかを探るきっかけにしたいと思っています。 さっそくですが、藤村さんは1976年生まれで、いわゆる郊外育ちなんですよね? 藤村龍至──はい。都内で生まれて、保谷市(現西東京市)でしばらく過ごしたのち、80年にトトロの森で知られる埼玉県所沢市の椿峰ニュータウンに引っ越してきて、そこで育ちました。高校生の頃は新所沢パルコまで自転車で行き、そこに自転車を止めて、西武新宿線に乗って川越まで通学していました。中学の頃から池袋に足を延ばして西武美術館で展覧会を見たりしていましたし、高校の時は所沢のことがわかると思って堤康次

    対談:郊外の歴史と未来像[1]郊外から建築を考える
  • 郊外の街を空から見たら幾何学的だった

    当に完全に計算されて作られた街という感じですね。 写真家のChristoph Gielen氏は郊外部の写真を空からパシャリ。 地面から見ると、各家々で壁の色やらお庭のお花やら窓のデコレーションやらいろいろ違って1つ1つ個性があります。が、空からみるとその個性は見えず、全ての家が連なって1つとなり計算されたある模様を描いているようです。現代のミステリーサークルです。 郊外のこのような都市には退職後に移り住む人が多いようで、人生のある目標を果たした後移り住んでくる、ある意味で人生の終着点の1つなのでしょうか。理路整然とした美しい街。そこで暮らす人々の日常、そして人間関係。アメリカのドラマの舞台によくなりそうなシチュエーションですね。 空から見るだけだと当にキレイです。あまりに理路整然とした美しさで、見てると憂になる人がいそうですね。ただ美しさだけを楽しみたい人は、映画「マイレージ、マイラ

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  • 〈郊外の変化を捉える 続編〉対談:郊外の歴史と未来像[2]パルコ、セゾン的なるものと 現在のショッピングモールの違い

    〈郊外の変化を捉える 続編〉 対談:郊外の歴史と未来像[2] パルコ、セゾン的なるものと 現在のショッピングモールの違い 三浦展氏、藤村龍至氏 都市設計に いかにして歴史性、 宗教性をもちこむのか 藤村龍至──今回三浦さんから新所沢パルコに関する資料を送っていただき拝読しました。一番驚いたのは、オープンしたときのお客さんの反応です。みなさんが「ここは街だから1日すごせる」と言ってるんです(「新所沢パルコオープン報告」『アクロス』1983年8月号、PARCO出版)。 三浦展──いまの越谷レイクタウンといっしょですね(笑)。 藤村──そうなんです。いまだったらレイクタウンで多くの人が言っていることを、当時、あのパルコについて言っていたんです。 三浦──今回藤村さんと対談するにあたって、ひさしぶりに新所沢パルコに足を運んでみましたが、これほど冴えない駅ビルみたいになっているとは驚きでした。どう見

    〈郊外の変化を捉える 続編〉対談:郊外の歴史と未来像[2]パルコ、セゾン的なるものと 現在のショッピングモールの違い
  • 〈郊外の変化を捉える 最終回〉対談:郊外の歴史と未来像[3]閉じる歴史から再び開く歴史へ

    三浦展氏、藤村龍至氏 都市と都会の違い、高円寺らしさとは 三浦展──今年、これまで十年以上気になってきた高円寺について調べて『高円寺 東京新女子街』(洋泉社、2010)としてまとめたんです。 三浦展+SML『高円寺 東京新女子街』 私は、都市や街の個性はいったいどうして生まれるのかをずっと考えてきたのですが、結局、都市のエレメントを抽出し微分的に分析することで私なりに答えを出せたと思います。 つまり、人なら目が大きいとか、鼻が鷲鼻だとか、肌が白いとか、背が高いとか、声がでかいとか、いろいろな要素があって、その人の個性が生まれる。同じように、街という単位で見た場合には、道の広さ、ビルの高さ、大きさ、古さ、店の大きさ、業種などなど、構成要素の差でずいぶん違う姿を見せる。各エレメントの多様性と量との無限の順列組み合わせがあるわけです。阿佐ヶ谷と高円寺はぱっと見は似ているけど何かが違う。それは街の

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  • #278 地域活性化と「新しい公共」に必要な発想とは何か。 - 西田 亮介さん(東洋大学非常勤講師/独立行政法人中小企業基盤整備 機構リサーチャー) | mammo.tv

  • 地図混乱地域 - Wikipedia

    土地の売買はもちろん、土地を担保とする融資が実行されにくい。 同一の土地の上に複数の登記記録が存在する場合、地権者も複数存在することから、権利紛争の原因となる。 地図実態が不明確で土地の特定ができないため、住居表示が実施されず、郵便物の誤配が頻発する[4]。 官民境界(けいかい)が画定できず、自治体が管理する道路として収容されないため、地域内の私道部分には、自治体による道路整備や公共下水道の敷設が行われない[† 3][5]。 正確な土地の面積が不明なため、適正な固定資産税を課税できない[† 4][6]。 地図混乱地域は、2002年(平成14年)の段階で全国に約750地域、面積で約820 km²[7][8]に上ることが分かった。 11 haにわたる六木ヒルズ市街地再開発の折には、5枚にわたる公図ほか古い公用地境界査定図が現状と合っておらず、官民境界を始めとする土地の境界や面積の画定に多大な

    地図混乱地域 - Wikipedia
  • 中央林間に米軍ハウスを再生したカフェ&ギャラリー、アメリカ家庭料理を提供

    1960年代に座間・厚木の米軍基地のアメリカ兵が住むために建てられた「米軍ハウス」を再生したカフェ&ギャラリー「FLAT HOUSE cafe(フラットハウスカフェ)」(大和市中央林間3、TEL 046-283-2322)が中央林間にオープンして2カ月が過ぎた。 米軍ハウスのたたずまいを残したカフェ 「私が子どものころ、たくさんの米軍ハウスが街の一風景を作り出していた。今は取り壊しが進み、ほとんど残っていない」と同店の眞鍋さん。眞鍋さん自身、数軒の米軍ハウスに住み続けてきた。「ハウスの魅力はゆったりとした間取りと開放的な庭。アメリカ兵の家族が庭でバーベキューや日光浴をしているのを見て、いつか自分も住みたいと思っていた。少しでもハウスを残したいと考えカフェをオープンした」 同店は取り壊し寸前のハウスを借り受け、すでに取り壊されたハウスの古材やパーツを使って当時の雰囲気を壊さないように改修。米

    中央林間に米軍ハウスを再生したカフェ&ギャラリー、アメリカ家庭料理を提供
  • 郊外映画としての「ツリー・オブ・ライフ」 - スキルズ・トゥ・ペイ・ザ・¥

    テレンス・マリックという人は、その数少ないフィルモグラフィーの中で、決して単純な映画を撮る人ではないけど、未整理のプロダクツを観客に丸投げしてしまうような人でもない、と思っていた。 「地獄の逃避行」も「天国の日々」も「シン・レッド・ライン」も「ニューワールド」も、どれも内省的な作品ではあるが、作家の独りよがりのようなものは感じたことはあまりなかった。 しかし、マリックの最新作「ツリー・オブ・ライフ」は、天地創造とサヴァーバンライフが綯い交ぜになったような難解な作品として、観客の前に放り出されてしまった。映画監督としては70歳にさしかかろうというますますの円熟期に、何故このような映画が出来上がってしまったのか? 歴史の浅い国で無謀にも神話を築こうとするには、作品に含みを持たせて、観客に論争を巻き起こすような作風にしてみるのが吉なのではないか。ファンダメンタリストとエイシストの両方を納得させる

    郊外映画としての「ツリー・オブ・ライフ」 - スキルズ・トゥ・ペイ・ザ・¥
  • 『大暴落 1929』 - HONZ

    1955 年初版のである。ガルブレイズ自身が1997年版のまえがきで「このが長寿を保っているのは、増刷され屋の店頭に並ぶたびに、バブルや株安など何事か起きるのだ。すると、このへの関心が高まる」と書いている。書は日経BPクラシックスの最新刊で9月29日初版なのなのだが、当にタイミングが良い。 日経クラシックスはフリードマンの『資主義と自由』、ドラッカーの『マネジメント』の4分冊とつづき書で6冊目だ。この出版企画には拍手を送りたい。次の1 冊も楽しみだ。ところで、このの訳者は村井章子という人で、この人の翻訳には面白いが多い。『コンテナ物語』、『金融工学者フィッシャー・ブラック』、『マッキンゼーをつくった男 マービン・バウアー』などだ。 さて、書は経済学者ガルブレイズの著書だが、仕立ては大暴落を時系列で追ったルポである。大暴落後の大恐慌についてのではない。終章の「原因と

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