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2010年3月1日のブックマーク (5件)

  • スノーボードとスキーの違い - 考えるのが好きだった

    スノーボードはちゃんとしたスポーツに見えないと思う。スキーは、ちゃんとしたスポーツに見える。理由がある。体重のかけ方、重心の取り方の違いである。 スキーは、基的に真っ直ぐ滑るときには両足の間に重心を置くだろう。左右のバランスが取れている。ジャンプが良い例だ。アマンの重心の安定感はすごいぞ。ところが、スノーボードは真っ直ぐに滑るときであっても、否、そもそも、真っ直ぐに滑るという状況はありえないかもしれない。何にしても一枚の板に載るから、両足は前後して置くことになる。と、身体は斜に構えることになる。これがいけない。「いけない」というのは、「ちゃんと見えない」ということである。 生徒を叱るとき、生徒が片足に重心をかけて、斜めになった姿勢になっているときは、まず、まっすぐに立たせる。ところが、この「真っ直ぐに立つ」という姿勢が取れない生徒がいる。どうしても、軸が逸れる。 林真理子氏がスノーボード

    スノーボードとスキーの違い - 考えるのが好きだった
    heis101
    heis101 2010/03/01
    なんという大胆な仮説w「「真っ直ぐに立つ必要がない」からこそ、真っ直ぐに立てないかもしれない人たちが、スノーボードとかスケートボードとか、サーフィンなどのスポーツを好むのではないか」
  • 学校は個人の欲望を満たす場所ではない - 考えるのが好きだった

    人が大切だと思うこととか必要だと感じることは人によって異なる。モノであっても学校の勉強でも友人知人との関係でも、異なる。 昨今、学校教育に求められるのが、各個人が大事だとか必要だと思うことを満たすことだと思われている。 数十年前、戦後間もない日がまだ貧しかった頃は、大部分の人が物質的に豊かな生活を求めていた。そのためには学力や学歴が必要だと捉えられ、学校教育は、偶然にも個人と欲望を満たす手段としての役割も果たすことができた。ところが、この頃は学力や学歴はさほど価値を持たなくなった。非常に多くの人が「学士」になれる時代になった。 今も学校は個人の欲望を満たす場所だと思われている。二極化と言われるようになって、ますますこの傾向が出てきている。勉強もスポーツも、「やりたい」という欲望を持つか、必要だと思う人がするようになった。社会が豊かになり、親も、子供の欲望を満たしたり、あるいは、子供が親の

    学校は個人の欲望を満たす場所ではない - 考えるのが好きだった
    heis101
    heis101 2010/03/01
    エントリはもとより、madographosさん、ゾウムシさん(、徒手空腹さん(※3/9追加))によるコメントもなかなかに秀逸。どういう方向に転がるかな?
  • Amazon.co.jp: ソーシャルブレインズ入門――<社会脳>って何だろう (講談社現代新書): 藤井直敬: 本

    Amazon.co.jp: ソーシャルブレインズ入門――<社会脳>って何だろう (講談社現代新書): 藤井直敬: 本
  • 茂木健一郎 クオリア日記: 他者に対する「リスペクト」 藤井直敬 『ソーシャルブレインズ入門』

    他者に対する「リスペクト」 藤井直敬 『ソーシャルブレインズ入門』 <社会脳>って何だろう 講談社現代新書 2010年2月19日 藤井直敬さんは、『ソーシャルブレインズ入門』で、今脳科学に静かに起こりつつある革命についてわかりすく解説する。 一つひとつの脳を切り離し、コントロールされた実験室環境に置き、特定の文脈の中で神経細胞がどのように活動するかを観察する脳科学の方法は、多くの成果を収めた。『ソーシャルブレインズ入門』は、そのような過去の成果を踏まえつつ、さらに新しい領域へと踏みだそうとする。 周知のように、人間は社会的動物である。書に引用されているように、ハーロウの子ザルに関する古典的実験は、たとえ栄養が満たされていてもその上に関係性欲求が充足される必要があることを示した。人間は、猿よりもさらに複雑な社会性を発達させた。脳を社会性の文脈において考えることは、いわば論理的な必然である。

  • ベーシック・インカムによって武士道を復活させよう : 少年犯罪データベースドア

    2010年02月27日08:49 ベーシック・インカムによって武士道を復活させよう 以下の「ニッポン・ニート列伝」という文章は、2008年4月に出た『m9(エムキュー)』創刊号に掲載された原稿の原型です。編集部の要望やスペースの都合で書き替えてますが、『m9』はまだアマゾンでも買えるみたいなので、物好きな方は読み比べてみていただければ。 この論考で私が云いたかったのは、昔は酷いニート犯罪がたくさんありましたよというようなことではまったくなく、最後のほうに記している「ニート武士の魂を受け継ぐ正当な後継者」という部分です。 ほんとはこの続きとして、<ニート哲学としての『葉隠』入門>なんてのを書きたかったのですが、『m9』も廃刊となって、私も『戦前の少年犯罪』の続編がなかなか完成しないのでそれどころではなくなってしまいました。 いまこんなものを引っ張り出してきたのは、昨今はベーシック・インカム

    ベーシック・インカムによって武士道を復活させよう : 少年犯罪データベースドア