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historyとblogに関するhrkntrのブックマーク (13)

  • 廃藩置県とか学制とか、明治政府の過激さがすごい - 日々、想う。んで、記す。

    勝田政治『廃藩置県 「明治国家」が生まれた日』を読了。電子教材の教材研究のために読んでみた。言葉としてはよく知っている「廃藩置県」ですが、ものすごいのね…。廃藩置県を断行したのは大久保利通。廃藩置県を決意した時には、こんなふうに日記に書き残したらしい。 篤と熟考今日のままにして瓦解せんよりは寧ろ大英断に出て瓦解いたしたらん 国家としての悲壮さがあるなあ、と。廃藩置県をメインテーマにしてあるだけあって、いろいろなエピソードも盛り込まれていておもしろい。藩を県にして、送り込まれた県参事には、基的には同県出身者を置かないようにしていたけど、大久保は自身の出身県・鹿児島藩には同県出身者を置いていた*1。島津の殿様に気を使って、ね。でも、山口県は長州藩出身者じゃなくて、旧幕臣を置いたのだそうな。なんだか陰謀大好きで陰湿なイメージのある長州ですが*2、こういうところでの奇妙な潔さとか好きだなあ。 維

    廃藩置県とか学制とか、明治政府の過激さがすごい - 日々、想う。んで、記す。
  • 目   次  [contents]:  Cultura animi philosophia est.☆ あるいはメルクリウスとフィロロギアの結婚のために。

  • すべては必然 : あるクラシック音楽入門書に関する覚書

    2011年08月19日07:54 カテゴリ あるクラシック音楽入門書に関する覚書 最近読んだ、あるクラシック音楽入門書が結構内容的に間違いが多いように感じたので、それを一応リストアップしておく。 すべてが間違いというわけではないが、定説でないことも断言していたりもする。 元々、長時間のインタビューを原稿起こしてにしたものらしいが、原稿起こしおよび編集者の基的なデータチェックが足らないように感じられた。 そんなずさんな編集者&出版社と仕事したら、できあがったも、それを読んで信じてしまう読者もかわいそう。間違いのレベル自体瑣末ではないかという考えもあるかもしれないが、入門書でデータが間違ってるのは論外だし、音楽以外の点で間違っていてもそれを見つけた読者はその自体の信頼性を減ずるのではないかということを考えれば、やはり問題多しと思うのだ。 (8/21 加筆修正:問題点に関しては「明確な事

  • センチュリーの前には・続き:やくぺん先生うわの空:So-net blog

    永遠に終わらぬかに思えた地獄のデータ作成前頭葉肉体労働も、どうにか先が見えてきて、夜明け前には終わりそう。この数日、世界がどうなってるかなにも知らぬぞ。 そんなこんなで、こんな「書いてあることはみんな嘘、信じるなぁ」の私設電子壁新聞に前頭葉の脳細胞を割いている余裕もなく、とにもかくにも貼り付けた大阪センチュリーの前身たる大阪音楽団の資料、意外にも何人かの方から興味を示していただき、幸いにもどこからも文句は来ていないので、調子に乗って残りも貼り付けさせていただきます。あとは、センチュリーが出来るときの府議会での議事録、探し出した唯一の府知事と議会のやりとりがあるのですけど、スキャンが面倒なんで、それはまたこの次ぎ。 ともかく、前回に続き、大阪音楽団練習場訪問記です。では、お暇な方はどうぞ。掲載誌は前回と同じで、1978年の記事。この団体、団員の老齢化と世代交代の失敗が解散の原因と屡々論じ

  • センチュリーの前には:やくぺん先生うわの空:So-net blog

    特定の数名の方限定のネタです。 今、いろいろ話題の(?)大阪センチュリー交響楽団は、大阪府が丸抱えで運営する日唯一の都道府県が有するブラスバンド、大阪音楽団を改組した、ってか、解体して再発足させた、というか、したもの。経緯についてはいろいろと議論や評価があろうが、大阪府立演奏家集団としての伝統を引き継いだ存在でした。 去る週末、大阪府の演奏家丸抱えというやり方はどうして始まったのか、某雑誌への鼎談原稿で出てきた議論の裏取りのために、大阪府立中之島図書館に行き、いろいろ漁ったわけでありました。で、出てきた資料のひとつがこれ。今や幻の団体、多くの人が大阪音楽団と混乱してるこの団体の活動を伝える資料です。 掲載されたのは大阪の労働組合関係の雑誌で、ちゃんと記者の名前もあって著作権があるはずなので、こんな風にまんま貼り付けるのは違法行為そのものなんだけど、恐らくはある方が必要だろうし、それに

  • 音大生なら聴いておきたい100曲リスト、そしてこれ買った | ロテ職人の臨床心理学的Blog

    hrkntr
    hrkntr 2010/02/14
    リンクをしていただいていたエントリ。
  • 2009年読んで印象に残った本まとめ | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    N響の第九も観終わり、今年も残すところ1時間。紅白でのスーザン・ボイルさんの歌声にため息が出ました(第九も第4楽章でしたが、録画しているから…と紅白に移動。総合と教育でぶつけないでください、NHKさん…)。ステージで堂々と、のびのびと美しい声を響かせる。さぞ嬉しかっただろうなぁと思いながら聴いていました。 さて、今年も読んで印象に残ったをまとめながら、今年を振り返りたいと思います。ランキングではないので、順不同です。 ◆日日是好日 「お茶が」教えてくれた15のしあわせ お茶(茶道)を通して、何かを学ぶこと、成長すること、生きること。そして作法の中にある自由とは何かについて考えた。読んで、同感と思うところがいくつもある、不思議な体験をしたでした。 自分の成長や変化には、なかなか気付かないことが多い。進展がなく滞ったままで、自分はダメだ…と思う。でも、「何か」は自分の見えないところで積み

    2009年読んで印象に残った本まとめ | 見知らぬ世界に想いを馳せ
  • 音楽ジャーナリズム考(2) 『音楽芸術』1960-1963:日本の前衛音楽が光輝いていた時代 - 仕事の日記

    (1) 武満徹と松下眞一が入選した軽井沢の第2回現代音楽祭で、その「コンクール」は音楽之友社とのタイアップ(入選作を音友から出版)だったらしい、ということ、 (2) 二〇世紀音楽研究所の「所長」の肩書きになっていた吉田秀和さんが、音楽之友社社史によると、昭和30年代に「音楽芸術」誌の編集顧問の肩書きを与えられていたらしいこと(渡欧した山根銀二の後を受けて1954年頃から、ただし、いつまで顧問の肩書きがあったかは不明) ……というような断片的な情報からの推測にすぎませんが、60年代日の主に1930年前後生まれの当時の若手を前面に押し出した「前衛音楽」には、音楽之友社の『音楽芸術』の仕掛け、という側面があったのではないかという気がしています。 (だから悪い、と言うわけではなく、「前衛音楽」に、同人会的な運動に回収できない部分があったことは、むしろ、「前衛音楽」を社会的文脈に据える手掛かりでも

    音楽ジャーナリズム考(2) 『音楽芸術』1960-1963:日本の前衛音楽が光輝いていた時代 - 仕事の日記
  • 歴史一次文献としてのウェブデータ:やくぺん先生うわの空:So-net blog

    先週来の駿河台日大所有ホール閉鎖を巡りましては、どうも周囲で想像以上の反応が起きているようで、そのこと事態が極めて興味深い現象であります。 朝日新聞の日曜日の記事(下URL)で吉田純子記者が「大物頼みになりがちな音楽界で、室内楽という地味なソフトに徹底的にこだわる姿勢」と仰ってるようなあり方は、21世紀初頭の東京主要室内楽ヴェニューに散らばり、それぞれの主催者なりヴェニュー所有者のキャラクターに合わせたやり方でもう何年も展開し、定着したり、失敗したりしている。カザルスホールは13年間の実りの種を、東京各地にばらまき、とっくに歴史的な役割を全うしている。オルガンという不動産を除けば、代わりになる場所はいくらでもある。朝日新聞のお膝元の朝日ホールだって、トップが交代すると変化はあるものの、90年代カザルスホールの縮小コピーのような活動を行っていることは吉田記者もよくご存じのはず。「建物は消えて

  • 田母神・前空幕長の論文から思うこと - 石破茂(いしばしげる)ブログ

    異論正論 石破 茂 (著) 政策至上主義 石破 茂 (著) 日列島創生論 地方は国家の希望なり 石破 茂 (著) 石破茂 非公認後援会 どんどろけの会(著) マンガで読む国防入門 石破 茂 (著) 原 望(著) 日人のための「集団的自衛権」入門 石破 茂 (著) 日を、取り戻す。憲法を、取り戻す。 石破 茂 (著) 真・政治力 石破 茂 (著) 国難 石破 茂 (著) こんな日をつくりたい 石破茂 (著), 宇野常寛 (著), 田村昌裕 (写真) 国防(文庫版) 石破 茂 (著) 日戦争と平和 石破 茂 (著), 小川 和久 (著) 軍事を知らずして平和を語るな 石破 茂・清谷 信一 (著) 国防(単行) 石破 茂 (著) 坐シテ死セズ 石破 茂 ・西尾 幹二 (著) 職業政治の復権 石破 茂 (著) 石破 茂 です。 田母神(前)航空幕僚長の論文についてあちこちからコメント

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  • 耳×4の行進曲:やくぺん先生うわの空:So-net blog

    厄偏庵のメインパソコンのハードディスクがぶっ飛び、地上波しか画面で映らなくなって、しょーがないからだらしなくオリンピック中継なんぞ視野に入れつつ昼飯作ってて思ったこと。 20世紀も残り少なくなった頃、イスラエル国歌と並ぶ超まったり系の双璧「君が代」が、某極東の立憲君主国の国歌として法的に認定されるのされないの、という騒動をやっていたことがありました。そんな状況に便乗して、某教育音楽月刊誌に「世界の国歌」という記事を連載しようではないか、という話があった。それまでやっていた連載記事をそろそろリニューアルしようぜ、という中で出てきた話。 80年代までだったらなかなか微妙な問題になりかねない企画だが、そんな空気もなく、あっさり、やろうやろう、ってことになった。最終的に実現しなかった理由は、どうにも思い出せぬ。担当編集者が別のセクションに移っちゃったからだったっけなぁ。辞めちゃった、ってんじゃない

  • http://blog.excite.co.jp/392/7757078/

  • http://blog.eplus.co.jp/seikyo/2006-06-06

    hrkntr
    hrkntr 2006/06/06
    「史実」とおっしゃるなら、ノリントンの主張を参照するだけでなく、他のソースを提示して欲しいものです。僕も自分なりに調べてみる。考えてみる。
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