本名佐藤義清(のりきよ)。生命を深く見つめ、花や月をこよなく愛した平安末期の大歌人。『新古今和歌集』には最多の94首が入選している。宮廷を舞台に活躍した歌人ではなく、山里の庵の孤独な暮らしの中から歌を詠んだ。 祖先が藤原鎌足という裕福な武士の家系に生まれ、幼い頃に亡くなった父の後を継ぎ17歳で兵衛尉(ひょうえのじょう、皇室の警護兵)となる。西行は御所の北側を警護する、院直属の名誉ある精鋭部隊「北面の武士」(一般の武士と違って官位があった)に選ばれ、同僚には彼と同い年の平清盛がいた。北面生活では歌会が頻繁に催され、そこで西行の歌は高く評価された。武士としても実力は一流で、疾走する馬上から的を射る「流鏑馬(やぶさめ)」の達人だった。さらには、鞠(まり)を落とさずに蹴り続ける、公家&武士社会を代表するスポーツ「蹴鞠(けまり)」の名手でもあった。「北面」の採用にはルックスも重視されており、西行は容