ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの作品には、モラルやタブーを扱った硬派なイメージが強いのですが、またロマンティックでリリカルな一面をも持っています。そんな一面がよく出た作品集が、『たったひとつの冴えたやりかた』(浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF)でしょう。 舞台は未来、人類とエイリアンとが知り合った時代。異星種族である「コメノ」のカップルが、これまた長い寿命をもつ種族である司書のモア・ブルーから、古い時代の人類の記録書を紹介される、という枠で語られる連作短編集です。 『たったひとつの冴えたやりかた』 資産家の娘コーティー・キャスは、宇宙に憧れていました。親から買ってもらったスペース・クーペでの旅行中に、彼女は行方不明だった宇宙船に出会います。乗務員は死亡していましたが、その原因は寄生タイプのエイリアンに脳を食い尽くされたためでした。そしてコーティーの脳内にも若いそのエイリアンが寄生してしまい
これまで日本では、いくつかSF雑誌が創刊されてきましたが、本家『SFマガジン』を除き、そのほとんどは長続きせず、廃刊の憂き目を見ています。 その中でも、とくにユニークな印象を残しているのが『奇想天外』です。1970~80年代にかけて出ていたこの雑誌、ご存じの方もいるかと思いますが、何度も休刊しては復刊していた珍しい雑誌です。しかも復刊の度に、雑誌のカラーが極端に変わっているのが特徴。 第1期は海外作品中心、第2期は、日本作家中心に海外短篇、エッセイなどを交えた総合誌、第3期は、ほぼ完全な小説誌、という感じです。 とくに面白いのが、この第1期のシリーズです。紙質は悪いし、表紙絵に至っては悪趣味といってもいいほどなのですが、中身はちょっと類を見ないぐらい充実しています。 まず驚かされるのが、背表紙にある、SF FANTASY HORROR MYSTERY NONFICTION の文字。いったい
かって、集英社文庫コバルトシリーズから出ていた、一連のオリジナルSFアンソロジー。その一冊『ロボット貯金箱』(風見潤・安田均編 集英社文庫コバルトシリーズ)は、題名どおり、ロボットに関わるSF短編を集めた作品集です。 ヘンリー・カットナー『ロボット貯金箱』 ダイヤモンド製造機を持つ大富豪バラードは、次々とダイヤを生み出しますが、それらのダイヤはあっという間に盗まれてしまいます。業を煮やしたバラードは、技術者ガンサーに、誰にも捕まらないロボットの製作を命じます。ロボットの内部にダイヤを入れ、金庫代わりにしようというのです。無事完成したロボットは期待通りの性能を発揮しますが、ガンサーが暗殺されてしまったことから、制御が利かなくなってしまいます…。 金庫代わりのロボットが暴走する、というテーマの物語です。設定はコメディ風なのですが、話自体がやけにシリアスに描かれているので、いまいち盛り上がらない
タイトルは釣りです、と言えないわたし。 レイフェルおじさんを、知っているでしょうか? SF小説家レイフェル・アロイシャス・ラファティ。 宇宙一の法螺吹きおじさん。 あのSF最重要・最高作家と呼ばれるジーン・ウルフをして、 レイフェル・アロイシャス・ラファティの短篇をひとつでも読んだことのある真の読者ならば、言うまでもなく、彼こそが我らの中でもっとも独創的な作家だと知っているだろう。実を言えば、 彼はただ我らの内だけでなく、文学の歴史においてもっとも独創的な作家なのだ。 と言わしめ、また、あの奇才スタージョンに、 ラファティのように書く作家はどこにもいない。いまだかつて一人もいたことがない。 と述べさせる作家である。 まさに、ワン&オンリー! クラークの『都市と星』のアルヴィンのようだと思います(新訳、未読です~)。 わたしは真剣に、ラファティの「姪っこ」になりたいと願うことがあるのですよ。
ヒューゴー賞やネビュラ賞、スタージョン記念賞、アシモフ誌読者賞といった数々の章に輝くナンシー・クレスの中短編集。バイオ系のSFが多く、イーガンなんかが好きな人には気に入る作品が多いと思います。 特に最後に置かれた中編「ダンシング・オン・エア」は傑作! バレエとナノテクによる人体改造をテーマにした作品なんだけど、SFであり、ミステリーであり、何よりもバレエという芸術の一種のいびつな面、非人間的な面、そして素晴らしさをえぐり出し、それをSFに結びつけている。 近未来、ナノテクによって改造され、人間では不可能なような技ができるようになったバレエダンサーたち。一方で、ニューヨーク・シティ・バレエ団のプリヴィテーラはそのような「強化された」ダンサーを拒み、本当のバレエを見せようとする。そんな中、バレエダンサーが連続して殺される事件が起こり、人間の言葉を話す強化犬エンジェルは、ニューヨーク・シティ・バ
SFの古典的名作をいまさら読了。 やはり面白いですね。両性具有的な宇宙人というジェンダー的な仕掛けや民俗学的な語り口、他者との理解、二元論的世界観、冒険小説的な面白さ、いろいろなものが詰まっている本だと思います。特に主人公のゲイリー・アンとエストラーベンの愛と友情は美しいです。 何を今更感がありますが、気づいたのはこの小説も非常に冷戦の影響を受けている小説だということ。 主人公は対立するカルハイド王国とオルゴレインの間で翻弄されるわけですが、オルゴレインは明らかにソ連。 国家を動かす三十三委員会に秘密警察に強制収容所、ソ連を思わせるものがたくさん登場します。 そして、次の部分なんかはまさに冷戦的な構造を言い当てた部分と言えるでしょうし、冷戦が終わっても続いていることでしょう。 「わかりませんね。あなたのおっしゃる愛国心が、国土への愛ではないのだとすると。わたしはそう理解してきたのですが」
ヒューゴー賞、ローカス賞の二冠に輝くヴァーナー・ヴィンジの大作。 2030年代、サッカーの試合で流れたサブリミナルとも考えられるCMが実は人類をマインド・コントロールするための細菌兵器だった!という壮大な陰謀から始まる作品は、物語のはじめに影の首謀者が明かされ、さらには「ウサギ」と呼ばれる謎のハッカーが登場し、電脳空間を舞台にした壮大な諜報合戦が描かれるかのように始まります。 ところが、すぐに物語は、アルツハイマーから最新の治療法に寄って回復した75歳の詩人ロバート・グーに焦点が移ります。 気難しくて人を見下しお世辞にもいい人間とは言えないロバートですが、彼の「リハビリ」を通して、ヴィンジはうまく読者を近未来へと導きます。 特殊なコンタクトをつけることで、現実世界にバーチャルなイメージを重ねあわせることができるようになった世界というのは「電脳コイル」みたいな感じですが、それ以外にもさまざま
数あるSF関連ガイドの中でも、これほど楽しく読める本は、なかなかないでしょう。山本弘『トンデモ本?違う、SFだ!』と続編である『トンデモ本?違う、SFだ! RETURNS』(ともに洋泉社)は、かってSFが持っていた原初的な面白さ、「センス・オブ・ワンダー」にあふれた作品を紹介しようというコンセプトのガイドです。 ここで取り上げられるのは、正統派のSFというよりも、読者をあっと驚かせてくれるアイディアに溢れた作品たち。結果、長編よりも短編、メジャーよりもマイナーな作品が多数を占めています。著者の山本弘は、このあたりの事情を次のように語っています。 私見だが、SF作家の偉大さは「バカ度」で決まると思っている。世間の目を気にしてか、あるいは自己満足か、地味で飛躍のないブンガク的作品しか書かない作家は、普通の作家としてならともかく、SF作家としての適性には欠けている。異星人の侵略、パラレルワールド
先日ぼんやりと人類が滅亡する日のことを考えていた。具体的な脅威が刻々と迫って滅亡するという情景ではなく、遙か遠い未来のこととして想像してみた。うまくいかなかった。自分の死と同じように、その日が確実に来るとわかっていながら、うまく想像できないものだと痛感した。そして、この問題はまさに「自分の死と同じように」という部分に重要性があるのではないかと思い直し、ネヴィル・シュートの「渚にて」(参照)を思い出した。 「渚にて」は、私の世代から上の世代は誰もが話を知っている作品でもあり、それゆえに私は実際に読む機会を逸していた。アマゾンで探すと、創元SF文庫で4月に新訳が出ていたことを知り、これを機に読んでみた。なるほどこれは名作だった。魂を揺さぶられる思いがした。 以前の版も創元SF文庫だと記憶していたので、どういう経緯の新訳なのか気になった。東京創元社文庫創刊50周年の記念らしい。それだけ旧訳の言葉
小林泰三のデビュー作。表題作と中篇「酔歩する男」収録。「玩具修理者」はグロさに定評のある佳作ですが、プッシュしたいのはなんと言っても「酔歩する男」です。凄いです。いや、凄いなんてもんじゃない。 史上最高のホラーといっても過言ではありません。時間と意識を扱ったハードSFでもありますね。 「怪談」のブレイクスルー 「酔歩する男」で使われた手法は凡百のホラーとは一線を画すものです。 「怪談」の基本は読者を安全な日常・現実から異世界に連れ去ることにあります。その異世界とは、既知外の大量殺人鬼だったり、呪った相手を祟り殺す悪霊だったり、触手蠢くエイリアンだったり、人類を滅ぼす気満々のウィルスだったりします。どれもこれも日常ではそんなことありえないから怖いのです。もちろん日常の中にだって怖いことはいくらでもあります。交通事故に遭ったり、留年したり、会社をクビになったり、果ては主観的世界の破滅と同義であ
・作家別感想索引 (国内・海外共通/50音順) ・(比較的)最近の感想 似鳥 鶏 『叙述トリック短編集』 (2023.02.19) 詠坂雄二 『君待秋ラは透きとおる』 (2023.05.16) 深水黎一郎 『第四の暴力』 (2024.03.03) 伊吹亜門 『刀と傘』 (2023.04.29) 市川憂人 『グラスバードは還らない』 (2023.02.28) 霞 流一 『パズラクション』 (2024.02.25) (→ 掲載順リスト) ・改稿した感想 (2017.04.23) P.ワイルド 『悪党どものお楽しみ』 ・シリーズ作品 (2022.03.22) E.D.ホック〈怪盗ニック〉に『怪盗ニック全仕事5』を追加 ・短編 (2017.04.23) 泡坂妻夫 「酔象秘曲」 ・ロバート・J・ソウヤー 〈ミステリファンにもおすすめのSF作家〉 (2022.03.11) 『見上げてごらん。』を追加
はてなグループの終了日を2020年1月31日(金)に決定しました 以下のエントリの通り、今年末を目処にはてなグループを終了予定である旨をお知らせしておりました。 2019年末を目処に、はてなグループの提供を終了する予定です - はてなグループ日記 このたび、正式に終了日を決定いたしましたので、以下の通りご確認ください。 終了日: 2020年1月31日(金) エクスポート希望申請期限:2020年1月31日(金) 終了日以降は、はてなグループの閲覧および投稿は行えません。日記のエクスポートが必要な方は以下の記事にしたがって手続きをしてください。 はてなグループに投稿された日記データのエクスポートについて - はてなグループ日記 ご利用のみなさまにはご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 2020-06-25 追記 はてなグループ日記のエクスポートデータは2020年2月28
年末ですので書評サイトらしく一応2008年のベストSFなんぞを挙げてみます。ちなみに私家版ですので、刊行年数などにかかわらず私が2008年に読んだ本の中から選ばせていただきましたのであしからず(順位も付けていません)。 海を失った男 海を失った男 (河出文庫) 作者: シオドアスタージョン,若島正,Theodore Sturgeon出版社/メーカー: 河出書房新社発売日: 2008/04/04メディア: 文庫購入: 7人 クリック: 30回この商品を含むブログ (49件) を見る 語りの魔術師と呼ばれるスタージョンの短編集。アルジャーノンの先駆作ともいえる『成熟』が印象に残っています。 【関連】『海を失った男』(シオドア・スタージョン/河出文庫) - 三軒茶屋 別館 ひとめあなたに… ひとめあなたに… (創元SF文庫) 作者: 新井素子出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2008/05
裏表紙解説より ロサンジェルスの暗黒街に君臨する悪徳外科医ドクター・アダー。その華麗なメスから生まれる奇抜で醜悪な肉体改変が、この町を肉欲と悪徳の都に変えた! 一方アダーを敵視する一派も勢力を拡大している。そしていま、アダーにひとりの客が訪れた――アリゾナの養鶏場で働く青年リミットが携えてきた伝説のハイテク武器は、この戦いの様相を一変させるが……SF史上最も危険な傑作登場! ディックもギブスンもまともに読んだ事がない、SFにはとんと疎い人間ですが、古本屋でたまたま手にとったこの本の表紙、裏の解説、そしてディックによる序文、それらを読むと何かヌラヌラしたモノを感じずにはおれず購入。読み始めたわけですが、これが物凄ーーーく面白かった!!!中盤の畳み掛けなどは、チャック・パラニュークの「サバイバー」を初めて読んだ時の様な興奮がありました。 LAの売春街の中心で売春婦の四肢を切断する手術を請負うド
昨年、K・W・ジーターの「ドクター・アダー」に出会ってしまって以来、30も半ばにさしかかろうというのに正に「茨の道」であるSFに興味を持ち始めてしまった訳なんです。最近は古本屋に行くのが楽しくて楽しくて、時間が許す限り、仕事帰りに通勤径路のブックオフやそれより小規模のチェーン店をひやかすのが日課となっております。 その割には自分の読書ペースは決して速い方ではなく、積読本は文字通り積まれていく一方なのですが、なんかこう、掘り出し物/レア物にフイに出くわした時の恍惚とした感覚が「何かに似てるなぁ」と思っていたのですが、それがかつて熱心だった「レコード掘り」と驚くほど似ていることに気が付きました。 1.○○文庫=レーベル 上記画像はよく寄る某大型チェーン店(さっき名前出したじゃんか)のハヤカワ文庫のコーナー。ご存知の方も多いとは思いますが、ハヤカワ文庫には「HM=Hayakawa Mystery
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く