昔DECという会社があった。米国のハードウェアベンダーだ。それでもIBMの次に大きいコンピュータベンダーだった。80年代前半飛ぶ鳥を落とす勢いでVAXというコンピュータを引っさげてIBMを追撃していた。年率二桁成長を何年も続けていた。コンピュータ産業は垂直統合の会社に支配されていた。ハードウェア(VAX)、OS(VMS)、コンパイラ、RDBMS、各種ミドルウェア、開発ツール(エディタ、リンカ、デバッガなどなど)、アプリケーションすべて上から下まで自社製品だった。 何か問題があれば、それがプロセッサの問題でもOSの問題でもRDBMSの問題でも、何から何まで自社で完結していたのでどーにかなった。どーにかした。それが垂直統合というわけだ。あこがれのエンジニアは社内にいた。VAXのアーキテクトもVMSのアーキテクトもVAX FORTRANのプロジェクトリーダもVAX Rdb/VMSのプロジェクトリ
旧サイトの移行作業を行っています。2009年5月12日以前の情報へのアクセスはしばらくお待ちください。ご不便をおかけいたします。 <ゲーム開発者インタビューシリーズ7> あるローカライズ・スペシャリストの「卒業」 六百デザイン/鶴見六百(つるみ・ろっぴゃく)氏 [b]ゲームタイトルの大作化に伴い、全世界同時発売をはじめとして、ローカライズの重要性が増している。こうした中で「クラッシュ・バンディクー」「ラチェット&クランク」などの日本側プロデューサーとして、長年ローカライズを担当してきた鶴見六百氏は、業界でも数少ないローカライズ&ブリッジスペシャリストの一人だ。そんな鶴見氏が、2009年3月末で業界を「卒業」するという。その真意はどこにあるのか? 鶴見氏の経歴や、日本と海外の文化の違いなども含めて、話を伺った。 プロフィール/長野県出身。早稲田大学理工学部在学中より、ゲーム専門誌「Bee
Digital video recorders : The revolution that wasn't (The Economist) 意外な展開である。簡単にCMを飛ばすことが出来るハードディスクレコーダーの登場によって、テレビCMの価値が低下し、放送業界は苦境に立たされると恐れられていたのだが、杞憂に終わっている。最初にこの手の製品に飛びついた消費者はCMをスキップしたのだが、利用者が広がるにつれてCMを飛ばすこともあまりなくなってきているという。CMをスキップする手間さえ惜しむほどめんどくさがり屋が多いようだ。テレビCMも対策として、早送りしている最中でもメッセージが伝わるように比較的長い時間文字を表示するとか、本編と勘違いしてしまうようなCMとか様々な手を打っているという。テレビ業界にとってはハードディスクレコーダーにより、視聴パターンが安定するという効果ももたらしている。プライ
初音ミクが出たとき、音楽フィールドが変わると囃し立てる人がいた。初音ミクが出てしばらくして、やっぱり変わらなかったじゃんと嘲笑する人がいた。そしてブームは沈静化し、VOL@LOIDは一部マニアのみが語る単語へともぐった。 世の常だが、話題にならなくなってからが本当の勝負どころ。勿論話題にならなくなり、そのまま消えてゆく一発芸人的なものが大半ではあるが、後にズガンとブレイクするようなものも一旦は沈み、水面下で力をつけるフェーズが必ずある。そしてそのフェーズでどれだけ力をつけられるかがNEXT STEPに進むにあたって重要になる。 リンレン、たこルカは(短期的には)みなもを揺らすぐらいの効果しか出せなかったものの、水面下で力をつけたボカロコミュニティ・パワーはsupercellのCDがオリコンチャートに上がるという結果や桜ノ雨が卒業式に続々、という話題をもって久々に浮上した。先に述べた”水面下
さて、こういう記事がありまして。 日本のゲーム産業は巻き返せるのか 世界シェア20%落ち込みの衝撃 ソニーのゲーム機「プレイステーション」が登場した1994年当時、三次元CGでゲームを作る技術では、日本メーカーが他を圧倒していた。アメリカではゲーム機「3DO」が登場するが、良質なソフトが不足し程なく消えていったという事実誤認も甚だしい文面があるので記事の信憑性はさておき。 ■何故シェアが減ったか。 まず、日本語の世界シェアは、2%なのでそれが20%のシェアを取っているのは立派と思わねばしゃーない。 しかし60%を超えていた時期があることも事実で、それが何故可能だったかを考えると、日本のゲーム消費者が大変優秀だったからではないかと。 新ハードを惜しげもなく買う、高いソフトでも発売日に定価で買う。新規性のあるどこの馬の骨か解らないタイトルでも買う。 そうやって支えられた日本市場は開発費の高いゲ
上記に関連して、アメリカでも「テレビ」の地盤沈下はすさまじい勢いで進んでいる。アメリカの最後のテレビの牙城である「スーパーボウル」が、今度の日曜日にあるのだが、広告業界の「アカデミー賞」ともいえる「スーパーボウルの広告」枠が、相当に売れ残っているとの話がある。そのため、普通なら最低30秒の枠のところを、ビールメーカーの「ミラー」が、「1秒」のCMをやるらしい。スーパーボウルでビールと並ぶスポンサーである「自動車会社」が、今年はまるっきり出さないから、もう本当にどうしようもなくなっているらしい。(出典:This Week in Tech) ドラマがYouTubeやHuluで見られるようになり、ニュースはもうとっくにネットにかなわないこのご時世、テレビの最後の牙城は「リアルタイム中継」であり、そのトップにあるのがスポーツ中継。ネットでもリアルタイム中継はできるが、例えば先日のオバマの大統領就任
日本語が亡びるとき──英語の世紀の中でを読んでの感想はすでに書いたのだが、この本自体が扱ってるテーマが複雑で、ちょっとやそっとでは言い表せない面がある。 日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で 作者: 水村美苗出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2008/11/05メディア: 単行本購入: 169人 クリック: 12,657回この商品を含むブログ (463件) を見る この本を簡単にこれこれこうだから価値が無い、というようなことを書いている記事をいくつか見つけたのだが、そういう記事はたぶん信用しない方がいいだろう。「これこれこうだ」という部分を情報として受け取っておいて価値判断については放っておくのがいいと思う。MONOGUSA blogさんの表現が非常にすばらしくて、「様々な重要で大きなテーマが並列的、あるいは重層的に含まれている」というのはまさにその通り。だから簡単に「これこれこうだか
東京・秋葉原で無差別殺傷事件が起きた3日後、参議院で「青少年ネット規制法」が成立しました。当然というかなんというか、テレビでの報道は主にPCではなくケータイの規制に重点が置かれていた……ように映りました。僕の目には。 「もうこれは決定的かもしれない」 ネットやテレビでニュースを見ながら、打ちひしがれたような気分でそう思う自分がいました。何が決定的かといえば、それはもちろん「ケータイ」イコール「いかがわしい」の構図が不動のものになってしまったということが、です。 事件の容疑者が「ケータイ依存症だった」的な報道には、言いたいことが山ほどあります。なんて一面しか見られない人たちなんだろうと呆れます。そして、酒鬼薔薇世代なんていう安易なレッテルを貼り、しかもテレビという無差別放送メディアで、茶の間に、朝っぱらから、断りもなく、一方的な見解を撒き散らしている人たちには、呆れることすらできず、ただただ
私の書物「おもてなしの経営学」についてのさまざまなフィードバックはポジティブなものもネガティブなものもとても良い勉強になるので全部読ませていただいているつもりだが、以下の二つに関しては、少し誤解があるようなので一言書いておこうと思う。 何故SONYの経営はiPodを創れなかったか - 雑種路線でいこう 「おもてなしの経営学」:ソニーのエンジニアの名誉のために一言 ([の] のまのしわざ) 私の本のごく一部、それも梅田氏とのの対談における「ギークとスーツ」の話題の前フリとして「ギークとスーツのすれちがい」「技術と経営の両方が分かる人が少ない」ことの例として語った言葉だけを取り上げて、あたかも私が「ソニーにiPod+iTunes+iTunes storeが作れなかったのはエンジニアが悪い」と決めつけているかのように誤解をされてしまっているのが私としてはとても残念。 せっかく私の本を読んでいただ
恥ずかしい限りなのだが実は"The Cathedral and the Bazaar"(日本語訳:伽藍とバザール)は名前はよく聞くのだが読んだことがなかった。新しい会社はオープンソースを取り扱う会社なので、「『伽藍とバザール』くらいは読んでおいてね」と会社の人に言われ、これはいかんと思い、この週末に読んでみた。 コミュニティの形成にフォーカスするとか、ユーザの参加を求めるとか、迅速かつ頻繁に機能をリリースする、など最近になって誰もがトレンドとして言うようになったことを20世紀に既にEric Raymondがまとめていたことにまずはびっくりした。Appleが現在のPCの源流を生み出し、それをMicrosoftがうまくマーケティングして企業として大成功したのと同じように、Eric Raymondが源流を生み出し、Tim OreillyがWEB 2.0という受け入れられやすいパッケージングをして
「戦略的思考のなんとか」みたいな本は、ほとんど戦争の本ではなくてビジネスの本です。 軍事→ビジネス→その他の組織 という経路で導入された考え方のなんと多いことか。 そもそも、官僚制というやり方自体が、だいたいはこの経路で一般化したものでしょう。 形式的で恒常的な規則に基づいて運営される。 上意下達の指揮命令系統を持つ。 一定の資格・資質を持った者を採用し、組織への貢献度に応じて地位、報償が与えられる。 職務が専門的に分化され、各セクションが協力して組織を運営していく分業の形態をとる。 20世紀は「官僚制の世紀」です。ほとんどあらゆる組織がこの原則で運営され、この方法が社会の常識となっています。 もちろん、それは20世紀の環境ではうまくいったから広まったのですが、この限界と弊害もいろんな所に見られるようになっています。21世紀はこれを解体、止揚していくことが、社会のさまざまな局面において必要
なんで3人もいるんだ・・・ でもショッカーライダーは5人ぐらいいたんだっけ。 で、あっちで皆さんが議論するときは「グリフォンは」じゃなくてトリップ名「(◆〜 )は」で議論してほしいな。 http://www.yarennoka.com/ やれんのか大王 笹原「ど どーせ来年も復活できないのなら、大晦日だけでもと思って」 「だから11月末のの時点ではいちばんの話題だったんだぜー 一瞬でも輝いたさ!!」 尾崎「か かっこいいです! それがPRIDEの生きざま!?」 「わ わたしも!」 ダッ 佐伯「あ! パンクラス!?」 いったい俺は何を書いているのだ。 本題に戻って。選手はいい。 【出場予定選手】エメリヤーエンコ・ヒョードル ヨアキム・ハンセン ヒカルド・アローナ ギルバート・メレンデス ルイス・アゼレード 三崎和雄 青木真也 川尻達也 桜井“マッハ”速人 石田光洋 長谷川秀彦ほか 私の予想
インターネットが情報の国境を破壊したように、金融資本の移動もいまや国境を容易に越えるようになった。中流階級の資本は容易に越えられないのでダメージを受けるという説を、とある書籍で読んだが、最近の日本の投資ブームを見ると予想は外れており、中流階級の預貯金も外貨建て投資信託などに結構な勢いで流れ込んでいるようである。 いまや日本人の貯金は円ベースとは限らない‥という時代に既になったのかも知れない。 ところが、そうした新しい時代認識が依然として日本の金融当局などには不足しているように思う。日本の金利政策を論じるに当って、依然として国内実体経済への影響と、国内インフレへの懸念をベースに議論している。確かにこれらは無視できない。しかしながら、世界の先進国の中で異常な低金利を敷いていることによる円キャリートレードの誘発、貯蓄率の高い国民性から来る中流預貯金の外貨資産への流出を招き、結果として円の地位低下
「最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか」では、チェルノブイリ原発事故、スペースシャトル・チャレンジャー爆発墜落事故をはじめ、潜水艦の沈没や航空機墜落事故、石油プラットフォームの爆発や橋の崩落といった巨大事故が実際に起こってしまった事例と、事故が起こる直前に食い止めることができた事例を通じて、事故を生み出してしまったシステムや体制、組織の規律やそこで働く人のメンタルな状態など、さまざまな切り口から事故の原因が考察されていく。 普段の生活において、自分のちょっとしたミスがこのような大事故につながるような場所に身を置いている人はそれほど多くないかもしれない。しかし、本書で述べられている内容のうち、事故の原因とそこから学ぶ教訓の部分について目を向けてみると、私たちが日常的に接しているような場面においても同じように当てはまる内容があまりにも多いことに驚く。 本書には実に数多くの教訓が含まれてい
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