文/貞包英之(山形大学准教授) 「語り」が分裂させる地方都市 近年、地方都市を対象とした「語り」がますますさかんになっている。 人口縮小の趨勢を踏まえ地方の存続に警鐘を鳴らした増田寛也らの『地方消滅』(2014年)が、直接のきっかけになっただけではない。 都会とは異なるライフスタイルを賛美した藻谷浩介らの『里山資本主義』(2013年)や、その前提になる2000年代初めからのロハスブーム、また地方都市の変貌を語る多くの郊外論――たとえば三浦展『ファスト風土化する日本』(2004年)――など、地方を対象とした語りは一種の「産業」と化している。 こうした本が触れる内容はさまざまだが、興味深いのは、それだけではない。注意を引くのは、むしろその「語り」があきれるほど大量であること、さらにはそれらの「語り」のなかで描かれる地方の姿が、肯定的なものから否定的なものまで、しばしば両極端に引き裂かれているこ
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