近年、東アジア周辺において竹島や尖閣諸島などをめぐり国境に絡んだ問題が外交・政治上の大きなトピックとして取り上げられることが少なくない。現在の文脈においては国境をめぐるこうした利害の衝突や、それに伴う各地での排外主義的ナショナリズムの高まりは、ある意味では近代的な政治システム、とりわけ国民国家の制度がもたらす、いわば避けられない副産物としてみなされがちである。 しかしながら、東南アジアの海の民の世界(いわゆる島嶼部東南アジアの海域世界。以下、東南アジア海域世界と記す)の歴史に目を転じれば、現在のような近代的な国境概念や、それに基づいた近代的国民国家の制度それ自体が、むしろ何がしか新奇で異質な存在であることに気づかされる。 このエッセイでは、東南アジアの海域世界の事例に即して、彼らの国家や国境への態度を手掛かりに、現在ともすれば当たり前と思われがちな近代的国民国家や国境概念を問い直すための手