1980年代の博多ロックを取材する中で「オンカン」という言葉をよく耳にした。「オンカン」とは九州大学の「音楽鑑賞部」を「音鑑」と短くした愛称だ。文字通り、音楽を鑑賞する文化サークルではあるが、この「音鑑」が博多ロックの大舞台を作り上げた。それが大学祭である箱崎祭のロック・フェスティバルだ。 「これに出るのが地元バンドのステータスだった」 「音鑑」のメンバーだった浅原貞一郎はこう振り返る。「音鑑」の部員は約20人だったが、浅原や「徳ちゃん」と呼ばれた学生など4人が中心になってこのイベントを動かした。 浅原は中学時代、深夜ラジオから音楽を聴くようになり、ギターも買った。九州大学に入学して同級生の誘いもあり、この部に入った。部室には再生装置やLPレコードがあった。浅原が入部したころからこのロック・フェスティバルは大学祭の毎年恒例のメーンイベントとして急成長した。 × × 出演バンドは浅原た
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