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  • 『フリー 無料からお金を生み出す新戦略』クリス・アンダーソン (著), 小林弘人 (監修), 高橋則明 (翻訳) (日本放送出版協会) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

    →紀伊國屋書店で購入 「万物がフリーになるわけではない。希少性という商機はいつも目前にある。」 インターネットによって、さまざまなサービス、商品の価格がフリー(無料)になっていく。その破壊的な力によって、既存のビジネスモデルが崩壊したり、変革を余儀なくされる。その構造について論じた書籍である。 著者のクリス・アンダーソンは、ネットの最新事情を伝える月刊誌「ワイアード」の編集長。ネット通販ビジネスの最大手になったアマゾンなどを例にとり、その成功の裏には「ロングテール理論」があった、とレポートした「ロングテール」(ハヤカワ新書)は世界的ベストセラーになった。 書のテーマは「フリー」。サブタイトルには「無料からお金を生み出す新戦略」。 そそられるタイトルだ。 無料サービスによって世界のビジネスに大変革をもたらした、グーグルの圧倒的強さの背景にあるのは、まさに無料から金を生み出す仕組みである。そ

    『フリー 無料からお金を生み出す新戦略』クリス・アンダーソン (著), 小林弘人 (監修), 高橋則明 (翻訳) (日本放送出版協会) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG
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    kodaif 2010/01/12
    "誤解されることもある。緻密なビジネスモデルがないと、すぐに資金ショートしていくだろう。フリーによって変容するライフスタイルを予測し、行動するものに商機がある。それだけは動かない。面白い時代になった。"
  • 『精神分析臨床を生きる―対人関係学派からみた価値の問題―』サンドラ・ビューチュラー 著 川畑直人・鈴木健一 監訳 椙山彩子・ガヴィニオ重利子 訳(創元社) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

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    kodaif 2009/12/29
    "土俵が患者さんとの密室空間であること、しかも守秘義務という厚いカーテンに覆われていることは、その傾向を募らせる。様々なタブーや掟、それらについて延々と続く論議は、業界外部の人間の理解を越える。"
  • 『夢は書物にあり』出久根達郎(平凡社) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

    →紀伊國屋書店で購入 「が学校!」 パリの「蚤の市」は有名だが、それとは別に至る所でガラクタ市が開かれることがある。「Brocante」と呼ばれるものだが、当に「ガラクタ」が多い。家の倉庫から持って来たらしい鍋の蓋や、煤けたグラス、古器類等、何でもある。古道具の趣味は無いので、余り興味を惹かれないのだが、だけは違う。時間があれば、どうでも良い雑誌等でも、ちょっと頁を捲ってみたくなる。好き人間の習性だろう。 出久根達郎が古屋出身の作家だということは知っていたので、『夢は書物にあり』というタイトルに惹かれた。筆者のとの面白い出会いが書かれているのだろうと思ったからだ。期待ははずれなかった。中学を出て古書店に勤め始めた筆者ならではの、興味深い話が満載だ。 例えば、書名を変えて再出版の話。筆者は最近黒頭巾著の『変態處世術』というを買ったという。同著者の『法網を潜る人々』が面白かった

    『夢は書物にあり』出久根達郎(平凡社) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG
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    kodaif 2009/12/25
    "煤けたグラス、古食器類等、何でもある。古道具の趣味は無いので、余り興味を惹かれないのだが、本だけは違う。時間があれば、どうでも良い雑誌等でも、ちょっと頁を捲ってみたくなる。本好き人間の習性だろう。"
  • 『初夜』イアン・マキューアン 松村潔訳(新潮社) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

    →紀伊國屋書店で購入 「乗り遅れた60年代」 これだけ主人公をおちょくっておいて、しっかり感動的な小説として仕上げてしまうのだからたいしたものだ。原題はOn Chesil Beachだが、邦訳は『初夜』。このややストレートな邦題が示す通り、エドワードとフローレンスの初夜の出来事を描いた作品である。焦点となるのは、ふたりの性。 エドワードはちょっと血の気の多いところもあるけれど、大学では歴史を学んだごくふつうの青年。十代のはじめに性にめざめてからは、マスターベーションを欠かしたことがない。しかし、初夜を前にして、なんと一週間も我慢した、という。何しろ、フローレンスは堅い女性なのである。エドワードはにじり寄るように進むしかなかった。10月にはじめて彼女の裸の胸を目撃。だが、手で触れることを許されたのは12月19日。実に2ヶ月かかった。2月にはじめてのキス。しかし、乳首に触れるまでにはさらに3ヶ

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    kodaif 2009/12/25
    "そのちょっと前に青春を送ってしまった人たち。ちょっと前の常識から結局、自由になれなかった人たち。おそらく文学とほんとうに馴染みがいいのは、この「乗り遅れ」の感覚ではないだろうか。"
  • 『日本開国』渡辺惣樹(草思社) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

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    kodaif 2009/12/22
    "それとなく時代の雰囲気、誰がどんな思惑で何をしようとしていたか、などを次第に感じられるようになるのが不思議である。各国がとった行動が良かったのか、悪かったのかはわからない。それが歴史というものだろう"
  • 『花泥棒』細江英公・写真 鴨居羊子・人形 早坂類・詩(冬青社) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

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    kodaif 2009/12/16
    "なにげなく、しかし計算高く、つべこべいわずにすべてをまるごと相手にゆだねることのできる器量と仕事ぶりは、そもそも商売人か芸術家かといった肩書きなどもろともしない鴨居ならではというべきか。"
  • 『神と仏の出逢う国』鎌田東二(角川学芸出版) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

    →紀伊國屋書店で購入 「神仏でにぎわう年末年始に!」 まさに「師走」の慌しさが追いかけてくる。しかし、これを乗り切れば、一年間おつかれさまでした、となる。 年末年始は、にわかに神とか仏が気になるシーズンだ。クリスマスという異国の神のお祭りもあるのでなおさらだ。 お寺に行くと、すぐそばに神社があったりする。あるいは、神社の中に別の神社があったりもする。日の神と仏はやたらと混ざり合っている。 学校の歴史の授業で習った「神仏習合」ということなのだろうが、純粋を好む人には気持ちが悪い。少なくとも西洋の「宗教」という概念では理解できないような精神風土が日にはある。 とはいえ、世の中では「仏」を求める人は仏だけを、「神」に焦がれる人は神だけに打ち込んでいるのかもしれない。後者は特に「国家神道」のイメージが邪魔をして、知識人であればあまり足を踏み入れない領域に見える。 神道は日の基層にある民間信仰

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    kodaif 2009/12/09
    "世の中では「仏」を求める人は仏だけを、「神」に焦がれる人は神だけに打ち込んでいるのかもしれない。後者は特に「国家神道」のイメージが邪魔をして、知識人であればあまり足を踏み入れない領域に見える。"
  • 『フィリピン関係文献目録(戦前・戦中、「戦記もの」)』早瀬晋三(龍溪書舎) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

    →紀伊國屋書店で購入 研究分野の発展には、専門研究書・論文だけでなく、研究・教育工具の充実も必要である。歴史学のような基礎研究では、とくに重要な意味をもつ。研究・教育工具が充実している分野は、研究をはじめやすく、研究者の数も多い。そして、研究・教育工具をつくるときは、多くの研究者の協力を得てつくられる。しかし、近現代フィリピン・日関係史のような分野では、研究者はほとんどおらず、文献目録の編集にあたってもひとりでせざるをえなかった。それだけに、国会図書館に勤めていた吉久明宏さんには、多くのことを教えられ、勇気づけられた。感謝の言葉もない。 文献目録は、目録を作成することを目的とした成果ではない。近現代フィリピン・日関係史では、近代文献史学の手法が有効な制度史のような研究はできない。市井の人びとの言動に耳目を傾け、断片的な文献や口述史料に頼らざるをえないが、なかなか自信がもって論文を書

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    kodaif 2009/12/09
    "戦後が終わらない。この文献目録の出版を通して、日本人が戦争を語ることの重みを、感じとってくれる人がひとりでも増えることを願っている。そうなることで、戦後の終わりが一歩近づく。そう信じたい。"
  • 『第四間氷期』安部公房(新潮文庫) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

    →紀伊國屋書店で購入 「私たちははたして未来に適応できるか?」 安部公房の作品との出会いは、札幌のジャズ喫茶だった。当時高校2年の私は、始めてジャズ喫茶に足を踏み入れた時、その空間に魅了されて、以後毎日のように通う事になってしまった。そんな時、高校の先輩が隣のボックスに座って『水中都市』を読んでいた。その姿が「かっこ良かった」ので、安部公房に興味を持った。『壁』から読み始めて、『砂の女』、『箱男』、『燃えつきた地図』、『他人の顔』、『終わりし道の標べに』とどれを読んでも面白かった。そしてそれは、アンドレ・ブルトン、ロートレアモン、モーリス・ブランショ、フィリップ・ソレルスへと続く、文学遍歴の始まりでもあった。 今回教え子の一人が『第四間氷期』を論文の課題に選んだので、久し振りに読み返してみたが、やはり面白かった。ジャンル的にはSFに属すべきものかもしれないが、小説のジャンル分けなど(小説

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    kodaif 2009/12/07
    "一般大衆よりも科学者はかなり突飛に見える未来を予測し、文学者はそれよりももっと突飛な未来を描き・・・・・・そして実際の未来はそれよりもはるかに突飛なものとして現れる。"
  • 『酒肴酒(さけさかなさけ)』吉田健一(光文社文庫) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

    →紀伊國屋書店で購入 「酒仙のエスプリ」 近年これほど痛快かつ爽快なを読んだことはない。吉田健一は吉田茂の息子であり、そのおかげで幼少期よりイギリス、フランス、中国等で暮らしている。当時としては珍しく、和以外のものを詳しく知っていた。ケンブリッジ大学で学んだ秀才でもあるが、そんな事はどうでも良くなってくるほど、このエッセイは面白いし、酒好きにはたまらない魅力に充ちている。 『酒肴酒(さけさかなさけ)』と題するだけあって、中身は酒と肴の話ばかりだ。しかし、一体誰が次のような事を堂々と書けるだろうか。長崎で卓袱料理べて酒を飲んでいる時「べながら飲むという、いしんぼうで飲み助であるすべての健全な人間の理想を嫌でも実現することになる」、中華料理屋で美味しいお菓子を見つけ「この晶蘇というビスケットなどは、魯迅のどんな作品よりもうまかった」、フランス料理とワインを合わせながら「酒を飲む分に

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    kodaif 2009/12/07
    "この作品のただ一つの欠点は、仕事中や昼休みに読めないことだ。何と言っても、読んでいると、酒を飲みたくなってしまうのである。それも今すぐに。なんとも危険なエッセイである。"
  • 『Tokyo Vice : An American Reporter on the Police Beat in Japan』 Jake Adelstein(Pantheon Books ) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

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    kodaif 2009/12/05
    "イヤフォンから流れるインタビュアーとゲストのやりとりを聞いているとだんだんと眠りの縁に近づいていく。10月の半ば、そうやってうとうとし始めた私の耳に「トキョー・ヴァイス」という言葉が聞こえてきた。"
  • 『斜陽』太宰治(新潮社) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

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    kodaif 2009/12/05
    "言葉を無駄遣いする快楽のようなものを味わわせてくれる。ひたすら切り詰めることを美徳とする日本語散文の伝統とはまさに逆。湯水のように言葉を流してみせる。流れで読ませる小説とはこのことだ。"
  • 『思い出を切りぬくとき』萩尾望都(河出文庫) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

    →紀伊國屋書店で購入 今年六十になる友人知人を思い浮かべてみる。彼らについていちどは、この人は萩尾望都と同い年、と思ったものである。自分がまだ二十代の頃は、二十一年長の人はとてつもなく大人にみえたもので、その頃から萩尾望都は私のなかではこの世代の代表だった。こちらももう四十となれば、その年の差もさほど気にならなくなっていて、親しみをもって語り合える人もおり、そこでふたたび彼らは萩尾望都と同年、と思うとやはりそこにはある種の感慨がある。萩尾望都が漫画家となって、今年で四十年だという。 その、四十年を記念して、と帯にはあるが、書は七十年代半ばから八十年代半ばにかけて書かれたエッセイをまとめた単行の文庫化であって、そこにいるのは二十代後半から三十代後半の作家である。このたびの文庫化にあたっての「まえがき」には、若書きの文章に対するテレをさらりと書きつけている著者であるが、その、そっけないくら

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    kodaif 2009/12/02
    "感情をあらわにすることなく、しかし、人の死に触れたときの気持ちが正直な書かれてある。かなしむより、どう受け入れるかを思案している。それは彼女の作品に流れるなにかと繋がっているいきかただと思う。"
  • 『漢字廃止で韓国に何が起きたか』 呉善花 (PHP新書) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

    →紀伊國屋書店で購入 幕末から1980年代まで漢字廃止運動という妖怪が日を跋扈していた。戦前は「我が国語文章界が、依然支那の下にへたばり付いて居るとは情けない次第」(上田萬年)というアジア蔑視をともなう近代化ナショナリズムが、戦後は漢字が軍国主義を助長したという左翼の神話(実際は陸軍は漢字削減派だった)が運動のエネルギー源となり、実業界の資金援助を受けてさまざまな実験がおこなわれた(キーボードのJISカナ配列はその名残である)。 1946年に告示された1850字の漢字表が「当用」漢字表と呼ばれたのも、いきなり漢字を全廃すると混乱が起こるので「当面用いる」漢字を決めたということであって、あくまで漢字廃止の一段階にすぎなかった。 当用漢字表の実験によって漢字廃止が不可能だという認識が広まり、1965年に国語審議会は漢字仮名交じり文を認める決定をおこなったが、漢字廃止派はこの決定を正式の文書に

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    kodaif 2009/12/02
    "日本では漢字のおかげで日本語のまま高度な知識を日本語のまま吸収することができ、専門外の話題にもついていくことができる。日本の近代化は漢字のおかげだといって過言ではない"
  • 『I’m sorry, mama.』桐野夏生(集英社文庫) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

    →紀伊國屋書店で購入 「「唐突」な恐怖」 今夏一時帰国したときにお誘いを受けて、紀伊國屋サザンシアターで、福岡伸一と斉藤環の対談を聞く機会があった。どちらも旬で活躍している人達なので、大変に興味深かったのだが、その中で斉藤環が桐野夏生を高く評価しているのに気づいた。名前は知っていたが、彼女の作品は今まで読んだことはなかったので、今回手にとってみた。 『リアルワールド』と『I’m sorry, mama.』の2冊を読んだが、後者を紹介したい。アイ子という、とんでもない悪女の物語である。桐野夏生の作品の特色は「唐突さ」だ。特に最初は全く予期しない出来事が起こる。冒頭に登場する保育士の美佐江と、彼女が担当する園児であった稔が、25歳違いにも拘らず結婚しているのは、珍しいことであれ唐突ではない。 しかし、彼らが結婚二十周年記念に焼肉屋で事をし、そこで働いているアイ子に偶然出会う。アイ子は美佐江の

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    kodaif 2009/12/02
    "理解できない時があるからだ。個の中に存在する憎しみや悲しみ、絶望が、大衆に向う時に、私たちはその因果関係を見つけることができにくい。そしてそれは「唐突」な形として、私たちの上に降りかかってくる。"
  • ジャーナリスト・石井政之の書評ブログ : 『転身力』小川仁志(海竜社)

    →紀伊國屋書店で購入 「山口県に面白い哲学者がいる!」 それまでの生き方から、がらりと変身した人に興味があります。 「人生でひとつだけのことに専心して、そのことによって生活ができ、家庭を養うことができる。それが幸福である」 その価値観が日の高度成長を支えてきたような気がします。これは職人の価値観であり、人生観でしょう。長い歳月をかけて師匠から教えられる職人の技が尊重される世界では、人生でひとつだけのことに専心する人が高く評価されるのです。その職人の技によって日は豊かになりました。 しかし、いまはそういう職人の価値観が崩れている時代。一生をかけて体得した技、知恵、価値観が、その人の生活・収入に直結しないことが増えています。情報革命が暗黙知だった仕事を可視化して、交換可能にしていったためです。そしてその交換可能領域は増え続けています。 そんな時代ですから、すべての職業人は、自分の職業に誇り

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    kodaif 2009/12/02
    "自分の職業に誇りを持ちにくいですし、自分のポジションはいつか誰かに取って代わられるのではないか、という不安のなかにいるものです。現代人とは多かれ少なかれ、この不安に突き動かされて生きている。"
  • 文筆家・近代ナリコの書評ブログ : 『一箱古本市の歩きかた』南陀楼綾繁(光文社文庫)

    →紀伊國屋書店で購入 職業として古を扱っていない人たちが、おのおののコンセプトで古をセレクトし、段ボール一箱ぶんを持ち寄って集まり、市場をひろげる。「一箱古市」なるイベントは、著者が住む谷中界隈で二〇〇五年の春に開催した「不忍ブックストリートの一箱古市」がそのはじまりである。 イベントというと、特定の会場や広場などある一カ所に集中して行われるものを連想するが、これは谷中・根津・千駄木、「谷根千」とよばれる地域のさまざまな店の軒先を一箱古屋が借りる、という形式をとる。 あわせて地図もつくった。もともと週末などは多くの人が賑わう町である。くわえて、古くは漱石や鴎外ら作家多くの作家や出版関係者が住まい、「谷根千」の呼び名のもとともなった地域雑誌『谷中・根津・千駄木』があり、講談社がその社屋を最初に置き、今日でも編集者やライターが多く住むそこは、とかかわりの深い場所。そこを「と散歩が

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    kodaif 2009/12/02
    "なにやらかばんのなかからいろいろな冊子をとりだしては、それがどんなもので、どんな人が作っているのかを嬉々として語っていた彼である。それを見て、そうか、本って誰が作ってもいいんだ、と思ったのだった。"
  • 『定年からの旅行術』加藤仁(講談社) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

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    kodaif 2009/12/02
    "「仕事はいつかなくなる。なくなったとき、家族と過ごす時間が待っている。それが幸福だ。そのためには自分の健康、時間を大切にする。そういう社員が増えないと会社はよくならない」"
  • 河出ブックス創刊! : 『読者はどこにいるのか――書物の中の私たち』石原千秋(河出書房新社)

    →bookwebで購入 評者:高野優(フランス語翻訳家) 今回は書評をお届けします。フランス語翻訳家の高野優さんが、創刊ラインナップ『読者はどこにいるのか』について書いてくださいました。高野さんは、ヴェルヌ『八十日間世界一周』やファンタジー『アモス・ダラゴン』シリーズから、『モラル・ハラスメント』『自己評価の心理学』といった心理学読み物、『カルロス・ゴ-ン 経営を語る』まで、幅広いジャンルをこなす人気翻訳家。それこそ「読者はどこにいるのか」という問題意識から無縁ではいられない翻訳家という立場から、このをどのように読まれたのでしょうか。お楽しみください。 ***** 書は「読者および読者の仕方」について書かれたである。その中心にあるものは、「読者はもっと自由にを読んだほうがいい」ということだと思われる。少なくとも、僕はそう読んだ。したがって、おもにその観点からこのについて話したいと

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    kodaif 2009/12/02
    "自由な読み方をしていいし、自由な読み方が求められることになる。この点では、翻訳者も自分の読みを制限するさまざまな制約を意識して、もっと自由に読むことを心がけなければならないのだ。"
  • 『川辺川ダムはいらない-「宝」を守る公共事業へ』高橋ユリカ(岩波書店) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

    →紀伊國屋書店で購入 ものごころついたときから川べりを歩き、泳いだり、釣りをしたりした川は、もうない。瞼を閉じれば、川面は浮かび、石の形まではっきりと思い出される。1957年に、突如、新聞報道でダム計画を知らされ、37年余の反対運動は95年に「終わった」。ダムは2005年に完成し、500戸近くが移転を余儀なくされた町の人口は700余世帯、2000人余まで減少し、町村合併で町の名は消えた。人生の大半を反対運動に捧げた人びとのほとんどは、解体されたわが家を地中に埋められ、町内に残ることなく散り散りになって、見知らぬ土地でさみしく人生を終えようとしている。 この水没地区には、尺鮎もいなければ、急流下りもない。全国的に知られた子守歌もない。人びとは自分のべる米を自分で作り、味噌も醤油も自家製で、四季折々に川で漁をし、すこしでも時間があれば山に入った。造り酒屋もあった。コンニャクをつくる者もいれば

    『川辺川ダムはいらない-「宝」を守る公共事業へ』高橋ユリカ(岩波書店) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG
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    kodaif 2009/12/02
    "町村合併で町の名は消えた。人生の大半を反対運動に捧げた人びとのほとんどは、解体されたわが家を地中に埋められ、町内に残ることなく散り散りになって、見知らぬ土地でさみしく人生を終えようとしている。"