唐津市鎮西町の県立名護屋城博物館が、文禄・慶長の役(1592~98年)で築かれた佐賀藩の藩祖・鍋島直茂陣跡の発掘調査を進めている。約130カ所ある諸国大名の陣跡の中でも屈指の規模で、当時のままの石垣も残る。配陣図に示された場所には、鍋島と龍造寺両家の微妙な関係をかいま見るように、陣屋が2つ置かれたと思われる跡もある。調査の現場を訪ねた。 直茂の陣跡は「高嶽(たかたけ)」と呼ばれる南北480メートルに広がり、標高72メートルの小高い丘にある。木々が生い茂った山道を分け入ると、中腹部に石垣が見えてくる。入り口付近では実測作業員3人が、石一個一個の配置などを計測し記録、このほか約10人が発掘作業に当たっていた。 鍋島直茂陣跡については、現存する資料が少ない。しかし、佐賀市大和町の玉林寺に「陣屋の建物を移築して伽藍(がらん)(玉林寺)を建てた」とする「銘」があり、当時、しっかりした建物があったこ