マーケットに打ち勝つことの意味 ちょうどこのサイト上の別企画「夏休み読書特集」でビジネス書など10冊+1冊の本を推薦している。特集には僕も参加しているのだが、その推薦文で書ききれなかったテーマについて今週は話をしてみたい。 橘玲著の『臆病者のための株入門』に関する話である。僕は橘氏の著書は大好きで、ほとんどの著書は読んでいる。この本についての紹介文では「反常識的」という言葉を使って好意的に採り上げているのだが、それでも少々反論してみたい点がある。 この本のポイントに「株式投資はギャンブルである」という命題があり、かつ「ギャンブルである限り必勝法はありえない」という論旨が展開されているのだが、経営コンサルタントとしてファンドのコンサルティングをしていたときにクライアントから教わったことがある。 「ギャンブルにも実は必勝法があり得る」 真夏の夜の夢みたいな話だが、今日はまじめにこの点を論証して
昨夜、仕事上の会合終わりの流れで新宿にて知り合いのオカマ&ドラァグクイーンほか十数名とイベント打ち合わせ後で酒を飲んだのだが、印象的だったのが「ネットは自由だったけど、普通の世間と変わらなくなって最近は息苦しくなった」との件。 当然、私は同性愛者じゃないのでその真意は正確には分からんのであるが…。あらゆる価値観が認められると勘違いしていた初期のネットユーザーは、それこそ本当に自由に自分がゲイであることを明示してサイトとかコミュニティとか作っていて、そこがたちまち”一般の”ネットユーザーのヲチの対象となり、嫌がらせされたりして泣く泣くコミュニティごと閉じざるを得なくなる、ということを繰り返しておったそうな。 何かリアル賽の河原で石を積んでいるけなげな皆さんである。でも、いわゆる女性趣味のおっさんが「みんなに見てもらいたくて(本人談)」サイトに自身画像とかアップしてたら、当然衆人のウォッチ
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