このほどノーベル物理学賞を受賞した中村修二教授が、2010年に山形県立興譲館高等学校において行った講演を書き起こし。若者の理系離れが叫ばれる日本の現状を憂慮し、研究者への報酬を確保し優秀な人材を工学部に集めなければ日本経済は沈没する、と高校生を相手に語りかけました。 中村修二氏が著名になるまで 中村修二氏:私はなぜ有名になったかと言いますとですね、93年に青色発光ダイオードという、または青色LEDといわれるんですけれども、light emitting diode、これを作って有名になったんですよ。昔、赤色発光ダイオードで光るものはあったんです。赤色発光ダイオードでよく光るものは、1960年代くらいに開発された。でも赤色だけじゃ、いろんな色は表現できないわけです。 で、1960年代から世界中の人がね、青色と緑色で光る発光ダイオードを研究しようとしてたんです。(中略) 当時日本はね、"研究博士