八年に渡る独立戦争に勝利して独立を勝ち取った北米十三植民地は、独立当初はそれぞれ主権を持つ邦(state)が集まった連合(The United States)という体裁で進もうとしたが、すぐに邦同士で通商や外交、戦費負担、紛争解決の主導権を巡って対立が表面化する。その結果、緩やかな連合ではなく、諸邦が一つの中央政府を持つ主権国家を確立する方向へと転換。1783年、連邦制を土台としたアメリカ合衆国憲法草案が作成、諸邦に提示され、その批准を待つこととなった。 十三植民地中九植民地での批准により発効することとなるが、憲法草案を巡っては、何分独立戦争が英国の王制支配からの脱却を目指したものであっただけに、強い統一政府の存在に対しては拒否感も強く、連邦制の導入と中央政府の設立を訴える人々は「フェデラリスト(連邦派)」を名乗り、憲法批准反対・主権を持った各州政府による連合を唱える人々は「リパブリカン(
![「ザ・フェデラリスト」A.ハミルトン J.ジェイ J.マディソン 著](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/e8ffa64bcd5e23b61ed0908b7aaa3785da8d41f3/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fcall-of-history.com%2Fwp-content%2Fuploads%2F2013%2F10%2F519SJJS8QZL.jpg)