彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、ルートと呼んだ。 息子の頭のてっぺんが、ルート記号のように平らだったからだ。 「おお、なかなかこれは、賢い心が詰まっていそうだ」 髪がくしゃくしゃになるのも構わず頭を撫で回しながら、博士は言った。 友だちにからかわれるのを嫌がり、いつも帽子を被っていた息子は、警戒して首をすくめた。 「これを使えば、無限の数字にも、目に見えない数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」 彼は埃の積もった仕事机の隅に、人差し指でその形を書いた。 小川洋子『博士の愛した数式』