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_はてな匿名Dに関するo_keke_nigelのブックマーク (132)

  • 「いじめ発言」教師に石投げて喜んでいる人に聞きたいのだが。

    川崎市立宮崎中(同市宮前区)の男性教諭(55)が、知的障害のある1年生の女子生徒について「5〜6歳の小学生」「目をそらすように、話をしないように」と、同級生からのいじめを助長する発言を繰り返していたことが分かった。市教委は22日、教諭を減給1カ月(10分の1)の懲戒処分、村上雄一校長を戒告処分にしたと発表した。http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20070323k0000m040147000c.html(「中学教諭:知的障害の生徒にいじめ発言、減給処分 川崎??教育:MSN毎日インタラクティブ」) これは酷い。55歳の教師に今更研修も無いでしょう。諭旨免職にでもしてさっさと教壇から追放した方が早い。http://eiji.txt-nifty.com/diary/2007/03/post_5278.html(大石英司の代替空港: 大げさ

    「いじめ発言」教師に石投げて喜んでいる人に聞きたいのだが。
    o_keke_nigel
    o_keke_nigel 2007/03/26
    パターナリズムにシニシズムをぶつけてみるという負のスパイラル。
  • インターネットにおける議論の進め方の一典型

    [blog]インターネットにおける議論の進め方の一典型非常に常識的な事ですが、世の中に批判を免れるような価値観というのは一切存在しません。例えば「職業に貴賎はない」というテーゼすら批判される余地のあるものです。 批判されるべきではない価値観などは存在せず、常に批判にさらされ磨かれるからこそ、そういう価値観が普遍化もするし説得力を増すものと私は考えております。 インターネット上で議論していて気になるのは、一部の批判を認めてしまうと、全てが否定されてしまったように思う人がいること、あるいは一部分で論破できたからといって、相手の全てを論破し得たなどと勘違いしている人がいることです。 自分の側に論理的におかしなところを認め、その上でこれとこれについては認めるべきだと主張すれば、うまくいけば批判する側を味方につけることができます。自分の側に論理的におかしなところがあることに目をつぶり続ける限り批判は

    インターネットにおける議論の進め方の一典型
  • もしもそうならやな時代だなあ、と。

    吉田アミさんなんかに典型だけど、「何かを嫌いっていう時間に好きなものを楽しむ努力をしたい!」みたいな発想がアニメファンや音楽ファンやらマンガファン――要するにサブカルチャー好き全体に広まって行ってる様子なのかしらん。東浩紀さんも昔SFセミナーでトラブルがあったときに「批判がしたけりゃ自分がいないところでやってくれ」みたいなことを言ってましたっけ。なんだかなあ。 たしかに、頭ごなしに駄作認定してネガティブキャンペーンを張るのはよろしくない。そんな暇があったら好きなものを楽しむ努力をした方がいい。しかし分析的に、理由を挙げながら批判(≠批難)をしているものにまで「そんな暇があったら――」と言ってしまうのは精神的ひきこもり症状ではないのかなぁ。そこには成長がない。「成長」という言葉遣いに抵抗があるなら、「変化」と言い換えてもいい。ひとが忙しい毎日の中で、わざわざ時間を割いてサブカルチャーに接する

    もしもそうならやな時代だなあ、と。
  • "知的障害者"は合法的に犯罪が許されるのだろうか

    私は"知的障害者"が嫌いだ。 と言ったら、遅れている人だとか社会とズレている人だとか差別をしている人だとか思われるだろうか。 私は小学生の頃に通っていたスイミングスクールで"障害者"に痴漢を受けた。 ==== 背の高い、狐みたいな顔をした奴だった。中学生に見えたが実際はどうかわからない。 プールでは順番に泳ぐので壁沿いに並んで待っている時間があるのだが、 奴は後ろに並んだ時、そっと尻の割れ目に指を這わせた。 この気持ち悪さをわかってもらえるだろうか。 水着なので布一枚しか隔てるものがない。 物心つく前の自分にはそれはもう当にただ単純に「気持ち悪いこと」でしかなかった。 プールの中、プールサイド、挙句の果てには泳いでいてコース越しにすれ違った時まで。 痴漢は続いた。 ちょうどその頃自分は小学校の体育の授業で性教育の初歩の初歩を習った所だった。 「セイシが女の子にあるランシとくっついて赤ちゃ

    "知的障害者"は合法的に犯罪が許されるのだろうか
    o_keke_nigel
    o_keke_nigel 2007/03/14
    「自分は「社会に出るのに不適切な人間は隔離されるべきだ」と考えている。」ここがポイントだ。この考えをどうとらえるか、何から出てきて何が問題なのか。こういう考えを「糾弾」するだけでは乗り越えられない。
  • 小学校低学年の頃、一学年上に知的障碍を持った児童がいた。

    トラバを追ってから書こうかと思ったけど、追いつかないので書く。誰かと意見が重複してても仕方がない。 小学校低学年の頃、一学年上に知的障碍を持った児童がいた。「彼」はひどく乱暴なふるまいを(突然追いかけてきたり、髪の毛をひっぱったり、殴ったり)するので、学校中の児童から嫌われ、避けられ、時にはからかわれていた。「彼」の障碍について、先生も親も何一つ説明をしてくれなかったので、ひたすら「彼」が恐ろしいばかりだった。小学校低学年のこと、「障碍者」という言葉すら私は知らず、「彼」がモンスターか何かのように思えた。 数年後、私は他地方へ転校することになった。転校先の小学校には、「彼」と同じように障碍を持つ児童が数名いた。私は怯えた。彼らは、「彼」と同じように乱暴なふるまいをするのではないかと思った。しかし、私以外の児童は、彼らに気楽に話しかけ、笑い、楽しそうにふるまっていた。彼らは時折、(私にとって

    o_keke_nigel
    o_keke_nigel 2007/03/14
    「転校という環境の変化がなければ、私は元記事の少女と同じように、『障碍者は恐ろしいもの』と認識し続けただろう。何故彼らを隔離しないのか、と思い続けただろう。」
  • それって弱者がさんざん苦しんでいた同調圧力の構造そのものだってことに気がついていないのかな。 - はてな匿名ダイアリー

    「弱者である理由は吃音・非モテ・コミュニケーション下手・貧乏・地方在住とか何でもいいから、弱者がblogに書いた愚痴には正当なツッコミをしにくくなる雰囲気を、モラルとか同情という概念を悪用して勝ち取りたいだけだよ」 という政治的なプロパガンダであれば、id:b_say_soの擁護コメントしている人は理解できるのだが。 もしかして素の気で「正論で「甘え」とかコメント付けるなんて酷い。id:suVeneは空気読めよ」とか同調圧力かけていない? それって弱者がさんざん苦しんでいた同調圧力の構造そのものだってことに気がついていないのかな。 「気を使え」とか「空気読め」とか「弱者には手加減しろ」とか。 (追記 ブックマークから見出しをいただいた)

    それって弱者がさんざん苦しんでいた同調圧力の構造そのものだってことに気がついていないのかな。 - はてな匿名ダイアリー
  • という視点を逆転した同調圧力だったということは分かるよね? 「コンプレックスに配慮できない人は社会常識が無い駄目な人」という

    同調圧力ってそれは結局マジョリティであって、どちらかといえば強者側じゃ? そう思ってしまうところが社会常識・善・空気というものに思考が囚われている証拠だなぁ。 id:b_say_soのアレは 吃音のコンプレックスが理解できない無知=弱者吃音の苦しみに同感できる理解者=強者という視点を逆転した同調圧力だったということは分かるよね? 「コンプレックスに配慮できない人は社会常識が無い駄目な人」という。 マジョリティはマイノリティを抑圧する頻度が高いから、そのアンバランスさを考慮して弱者側は相対的に考えなくても良い。社会常識で弱者ならば、そんな細かい事は考えずに問答無用に強者に対して同調圧力をかけても良い。……という方針を自覚しているのなら、それはその人の生き方だから別に良いんだけど。

    という視点を逆転した同調圧力だったということは分かるよね? 「コンプレックスに配慮できない人は社会常識が無い駄目な人」という
    o_keke_nigel
    o_keke_nigel 2006/12/30
    「主張する弱者」に対するヘイトスピーチの仕掛け、みたいなものか。
  • 日本が終わってどこ行くの?

    ■日が終わってどこ行くの? 分裂勘違い君劇場 - さっさと次へ行こう。もう日という物語は終わったのです。 このエントリ、どう見てもネタだろうと思っていたら、はてブで多くの人が賛同していたよ。 はてなブックマーク - 分裂勘違い君劇場 - さっさと次へ行こう。もう日という物語は終わったのです。 ふー、びっくりした。 なんで、モノの価値が上昇したかというと、モノの量が減ったからだ。 なんでモノの量が減ったかというと、人間の数が増えたからだ。 もっと正確に言うと、人間らしい暮らしをする人間の数が、爆発的に増えたからだ。 中国や、インドや、ベトナムや、ロシアや、ブラジルで、人間らしい暮らしをする人間の数が、今、この瞬間も、とてつもない勢いで増え続けているからだ。 いままでにない巨大な人口が、ガソリンを消費し、鉄を消費し、魚をべているからだ。 人間らしい暮らしをするのに必要なモノの供給量は

    o_keke_nigel
    o_keke_nigel 2006/12/30
    まぁアレは言葉の熱量は高いが中身は「スコラ哲学」だから。
  • ボランティアの使いかた

    広島ドッグパークのグダグダさを見て思ったこと。 ちょっと前までは、ボランティアというのは無料で使える便利な労働力にしかすぎなかった。 Web時代になって様相が変わった。ボランティアは武器を持った。 彼らは自分達のメディアを通じて、ボランティアとしての自分の意見を現場から 発信する、世論やマスメディアをも動かしうる厄介な存在になった。 「労働に対する対価を支払わなくてもいい」という、ボランティアを用いるメリットは依然としてあるものの、無償であるということは、ボランティア側にもメリットをもたらした。彼らは無償であるがゆえに、指導者に対して何ら引け目を感じることがない。NGO側に何か気に入らないことがあれば、彼らは嘘をつくことすらためらわないかもしれない。 ボランティアを使って何かを行う際には、こうしたボランティアの「目」、その背後にある世間の目というものを意識しないと、今回のドッグパーク騒動の

    ボランティアの使いかた
    o_keke_nigel
    o_keke_nigel 2006/12/30
    やっぱり「タダほど高いモノはない」。それから、これが匿名Dに書かれるのは何となく分かる気がする。「異文化交流の考察」は例えばこういう応用のしかたもある…恐い。
  • [はてブ]正しいはてブの使い方なんて存在しない

    はてブに正しい使い方なんてものは存在しない。 タグ付けに口を出される筋合いもなければ、こいつはノイズが多いなんて言われる筋合いもない。 これがはてブの問題だ!と指摘するエントリーは単に作者にとってそれが問題なだけで、万人にとってそれが問題であるということを意味しない。 共通の目的も無ければ、共通の利益も、損益も無い。 ただ個人が好きに使うだけ。 情報を取りたい奴も好きに使うだけ。 取り出しにPlaggerかませるギークも居れば、はてなRSSでタグ購読位しかしない奴もいる。 万人に当てはまる理論など存在しない。 個人レベルでも朝と晩でははてブの使い方は違う。 そのモードはシフトする。 ならば好き勝手やらせてくれるシステムがあればそれで充分だ。 はてブに決まった使い方は存在しないし、問題も同様だ。

    [はてブ]正しいはてブの使い方なんて存在しない
    o_keke_nigel
    o_keke_nigel 2006/12/05
    まぁ「空気」というか「正しい」とされる使い方は一応あるだろう…でも自分にとっては「ネタ集めのツール」であって「はてブ」のためにブクマしてるわけじゃない、とも思う。
  • アクセス数足りて礼節を知る

    アクセス数が少ない人に限って、アクセス数以外の「素晴らしい」価値観をやたらと語りますが、なぜかその気持ちをアクセス数があるひとに(しばしば醜いかたちで)ぶつけようとします。アクセス数にこだわり、それに数字以上の価値を見いだしてしまっているのは、実際のところあなた自身ではないでしょうか?

    アクセス数足りて礼節を知る
    o_keke_nigel
    o_keke_nigel 2006/12/04
    「何だとは何だ」「何だとは何だ、とは何だ」「何だとは何だ、とは何だ…とは何だ」(ry
  • 単に目立つだけで

    はてなユーザの大多数はハロオタとアニオタで、はてな村民はごく一部だよねぇ。

    単に目立つだけで
    o_keke_nigel
    o_keke_nigel 2006/12/02
    これ、ヤフで言うとどうなるんだろう。