1 前置き:美的な経験とはなにか〈独特な仕方で美的と言える経験とはなにか〉、というのはかつて美学の中心にあった重要な問いだが、今日日そんなに流行っているわけではない。哲学者たちは線引きを諦めたり単に飽きたりして、ほかのもっと興味深い問いへと向かいつつある。しかし、多少なりとも美的なものを線引きしないことには、そもそも美学の領分でない現象について「美学者」が口出しすることになる。これは現象にとっても美学にとってもいいことではない、というのが私の意見だ。 かつて、美的経験は芸術鑑賞とほぼ同一視されていたが、21世紀の美学者はおおむねこの等式を手放している。非芸術(自然物など)を美的に経験することもあるし、芸術を非美的な観点(道徳的観点など)から鑑賞することもある。本稿が取り上げるのは前者にまつわる問いだ。美的経験が芸術鑑賞に限られないとして、どこからどこまでを美的経験として理解すべきなのか。以
