100億年ぶりに女性から「カノジョさん、いないの?」と言われたとき、どこか懐かしく甘い匂いがした。何の匂いだろう?僕は言葉を探しながら考える。そして捜し当てる。再生、確認。間違いない。真夏の海岸で嗅いだコパトーンの甘い匂いだった。「彼女はいませんよ」僕は言った。妻の目を盗み、真実と嘘のボーダーをかすめるようにして。年の離れた相手に。 声と匂いの主はクリニックを運営している法人で事務職として働く女性で、今年の春から働いている新人さんだ。僕がクライアントである理事長先生と面談する際はいつも、彼女が応接室に通してくれた。麦茶から番茶へ。季節の移り変わりと共に彼女のいれてくれるお茶と交わす言葉も変わった。「今日は暑いですね」「夕立になりそう」「あっという間に秋が来てしまいましたね」彼女はいつもとびきりの笑顔で僕みたいな中年男に話しかけてくれた。そして今日の「カノジョさん、いないの?」カノジョという