それは間違いなく事件だった。ジェイZの『The Black Album』(2003)のリミックスを、あろうことかビートルズの『The Beatles (White Album)』(1968)からのサンプルで制作するという企みは『The Grey Album』(2004)というネット上で流通する作品の形で結実した。その首謀者はデンジャー・マウスという人を食ったような名前をまといキャラ立ちしたプロデューサーだった。ポール・マッカートニーにさえ歓迎されながらも音源使用クリアランスの問題で決して正式にはリリースされないそのスキャンダラスな作品は、ヒップホップにおけるサンプリングというアートフォームの可能性と限界を同時に指し示すものだった。 そしていま約20年の時を経て、マルチプレイヤーとして、プロデューサーとして多くの経験を積んだデンジャー・マウスが、ヒップホップ史上最高のMCのひとりであるブラッ