1945年8月6日、米軍の爆撃機が人類史上初めて、都市に原爆を投下した。「約14万人」は、早い時期の広島原爆の犠牲者数とされるが推計値にすぎず、「±1万人の誤差がある」とも言われる。街全体が壊滅し、死者の把握もままならなかった。一人一人の犠牲者、焼け落ちた街並み、断ち切られた日常…。歴史に埋もれた「ヒロシマの空白」と、75年後の今、向き合いたい。 【画像】広島の原爆犠牲者数 やり場のない悲しみを込めて、名前の分からない、あるいは名前のない犠牲者を墓石に刻んだ人たちがいる。親とはぐれた男児は、収容先でわが子のようにかわいがられたが、数日後に親の名を叫びながら息絶えた。生後数時間で被爆した女児は、名付けもされないまま弔われた。