タグ

ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (34)

  • 缶詰課長の巨大な欲望 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年たった春、給湯室に「缶詰課長」の段ボールが復活した。 缶詰課長は総務課の課長である。もちろん名ではない。年のころなら四十路の半ば、若いころ老けて見えるタイプのようで、わたしが入社して以降、十年ほど同じような容貌のままである。元陸上選手で今でも走るからか、中年太りには縁がない。 缶詰課長は常時半袖である。体温が高いから、というのが人の言で、ほとんど一年中、襟のついた半袖の、ネイビーブルーのシャツを着て、来客対応や上司との面談があるときにだけスーツを着用する。ジャケットの下はもちろんいわゆるワイシャツである。課長はよほどそれが嫌いらしく、来客が帰るとわざわざ手洗いで着替えて戻ってくる。いつもの服はシャツを七枚、パンツを四枚、スーツは二セット、それぞれ同じものを買うのだと話していた。 それだけ聞くとスティーブ・

    缶詰課長の巨大な欲望 - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2023/05/24
  • さみしいと人はおかしくなるんだよ - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために人と人が会う機会があきらかに減った。わたしはそれに危機感をおぼえ、人とのコミュニケーションの場や出会いの場を工夫して増やした。 友人が減ってもかまわない人もあるのだろうが、わたしはそうではない。若いころから意識的にさまざまな形式で親しい人をつくり(形式というのは友人とか恋人とか、そういうのです)、その人々によくするように心がけ、長期的にはそれが返ってくることを期待してやってきた。わたしにとってわたしを大切にしてくれる他者は運命のように与えられるものではなく、また一度得たらずっと持っていられるものでもなく、自分から獲得しに行き、相互に定期的にその必要性を判断するもので、だから原則として時が経てば減るものだ。 わたしにこのような感覚が芽生えたのは十九歳のときである。それまでは環境によって人間関係を与えられるような感

    さみしいと人はおかしくなるんだよ - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2022/08/10
  • 意味づけられたコーヒー - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために盆正月にいつも集まる友人たちとの会合もこのたびはZoomである。 盆正月に集まる相手は多くが親戚や故郷に残った幼友だちだろう。しかしわたしはなぜか大学のときの友人四人で集まる。全員同業種で勤務先はばらばら、なんとなし馬が合うがしょっちゅう飲みに行くような感じではない。それで盆正月になると寄り集まってやくたいもないおしゃべりをし、仕事に役に立つようなそうでもないような情報を交換し、またやくたいもないおしゃべりに戻る、そういう時間を過ごすのである。 そうだマキノさんコーヒー買ってよコーヒー友人が言う。わたしたちの仕事コーヒーは関係ない。ただしわたしはコーヒーが好きである。あのねと彼は言う。あのねえ僕の下の娘には障害があるでしょう、だからねえ沖縄のコーヒー農園の人と障害者支援団体の人と組んで社会起業的なアレをはじ

    意味づけられたコーヒー - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2022/01/12
  • 薄暗い親たちの薄暗い心配 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。小学生の娘も一時期、分散登校になった。今はフルで通学可能である。それでも子どもたちの活動は制限されているし、週末も遠出がしにくい。よほど仲の良い子でないとたがいの家の行き来にも遠慮してしまう。来た子にも「晩御飯たべていく?」というわけにはいかない。 それでわたしは、とくになにもない時間を娘と一緒に過ごすことが増えた。そうするとつくづく、娘は自分と似ていないと思うのである。 娘は小学五年生、社交的でスポーツが好きだ。興が乗るとアイドルの真似をしてダンスしてみせるのだけれど、これが驚くほどうまい。お友だちと踊っている姿はかわいい。子どもながらにファッションの好みが出てきて、あれこれコーディネートを工夫している。担任の先生によればクラスでもよくリーダーシップをとり、いろんな子と仲良しだということで、学校での集団生活によく適応し

    薄暗い親たちの薄暗い心配 - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2021/12/16
  • そして、どこへも行かない - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。わたしは病人である。けれども流行している疫病ではない。もっとよくある病気だ。国民の死因の三割を占めているほどである。罹ればすぐに死ぬのではない。わたしの場合もすぐに死ぬのではない。一度長期の治療を受けており、次にこういう症状が出たらぜったいにもう一度入院してもらいます、と医者から言われて、自宅での生活に戻った。 おそらく遠からず死ぬような状態ではあって、そのわりに年齢は若いといえる範囲だけれど、わたしはそれほど強く嘆き悲しみはしなかった。驚いたが、どちらかといえば死ぬことより治療の苦しいことのほうが怖かった。 長期の治療から戻って半年ばかり、家族の協力のもと、自宅で生活している。仕事は完全には辞めていない。遠からず死ぬのに辞めたくないほど仕事好きだったのではない。することがなくなるのもどうかと思って事情を説明して正社員を辞した上でアルバイト

    そして、どこへも行かない - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2020/05/27
    "わたしはそんなのはなしにして、なんだかよくわからないうちにぽろりといなくなりたい。"
  • さよなら、わたしのシモーヌ - 傘をひらいて、空を

    シモーヌとは十四年のあいだ一緒に暮らした。シモーヌは冷蔵庫である。名の由来は冷凍庫に霜が降りることであった。わたしの家に来る友人たちが「いまどきそんな冷蔵庫があるのか」と話題にし、誰からともなくシモーヌと呼びはじめ、わたしもその名を使うようになった。 シモーヌはわたしと出会った段階ですでに新しい冷蔵庫ではなかった。大学を卒業して寮を出るとき、一人暮らしをやめる友人からもらったのである。大学生の一人暮らし用としては大きめのサイズだった。わたしは自炊をするのでありがたく貰い受けた。 はじめて一人暮らしをした部屋の中のものはみんな貰い物だった。家具も家電も買った覚えがない。そうした大物にかぎらずわたしはよくものを貰う人間だった。貧しかったからかもしれない。自分では「愛されているからだ」と言っていた。わたしを嫌いな人からは「乞の顔をしているからだ」と言われた。正直なところ、どちらでもかまわなかっ

    さよなら、わたしのシモーヌ - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2020/03/04
  • インターネットに向いてない - 傘をひらいて、空を

    おいバズってるけどだいじょうぶか。 そういうLINEが入った。私はソーシャルメディアが得意でない。 Twitterは数日に一度見る。言われて見てみるとたしかに私が投稿した短編がバズっていた。稀にあることだ。今年の春先にもあった。でもそれより規模が大きい。 ほんとだ、と返信する。別の友人からもLINEが入る。バズってるね。そうだね、いま見た、と私はこたえる。メッセージがポップアップする。 寒くなってきたから上着を持ち歩くんだよ。さやかさんは薄着でうろうろして「寒い」と言うのだから、あらかじめ天気予報を見るなどして気をつけなくてはいけないよ。バズってへんなメールが来たら次に会うときの酒の肴にするんだよ。 友人たちは私を心配してLINEを送ってくれたのだ。私はバズると少し体調を崩す。正確に言うと、バズったためにそれまで私の文章を読んだことのない人がいっぱい来て、なかにはよくわからない人がおり、執

    インターネットに向いてない - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2019/09/24
  • セフレですよ、不倫ですよ、ねえ、最低でしょ - 傘をひらいて、空を

    仕事の都合で別の業種の女性と幾度か会った。弊社の人間が、と彼女は言った。弊社の人間が幾人かマキノさんをお呼びしたいというので、飲み会にいらしてください。 私は出かけていった。私は知らない人にかこまれるのが嫌いではない。知らない人は意味のわからないことをするのでその意味を考えると少し楽しいし、「世の中にはいろいろな人がいる」と思うとなんだか安心する。たいていはその場かぎりだから気も楽だし。 彼らは声と身振りが大きく、話しぶりが流暢で、たいそう親しい者同士みたいな雰囲気を醸し出していた。私を連れてきた女性はあっというまにその場にすっぽりはまりこんだ。私は感心した。彼女は私とふたりのときには同僚たちに対していささかの冷淡さを感じさせる話しかたをしていた。 どちらがほんとうということもあるまい。さっとなじんで、ぱっと出る。そういうことができるのである。人に向ける顔にバリエーションがあるのだ。私は自

    セフレですよ、不倫ですよ、ねえ、最低でしょ - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2019/09/18
  • 生徒会長から雲をもらった話 - 傘をひらいて、空を

    西脇くんは生徒会長でわたしは書記だった。中学生のころのことだ。わたしたちは素直ないい子で、クラスで推薦されて先生からもやってほしいと言われて全校生徒の前で選挙に出て生徒会をやっていた。わたしはピアノが得意で芸高の受験準備をしていた。西脇くんは進学校に行くつもりであるらしかった。わたしたちの中学校はどちらかといえばガラの悪い下町の公立校で、わたしたちはだから、相対的に優等生だった。 西脇くんは背の高いがっしりした男の子で、もじゃもじゃの髪を中学校の校則ぎりぎりまでのばしていた。黒縁のめがねをかけていて、そのめがねは上等のものだった。わたしは工芸に詳しくなかったけれど、それでもわかった。 そのめがね、いいね。わたしが言うと西脇くんはそれを外し、制服の裾でていねいに拭いて、見る、と言った。わたしはありがとうと言ってそれを見た。一見ふつうの黒いフレームのめがねだったけれど、流麗なフォルムをしていた

    生徒会長から雲をもらった話 - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2019/06/19
  • 知らないなんて許せない - 傘をひらいて、空を

    ソーシャルメディアをぜんぶ閉じた。ものを書いたときの通知に使用するSNSアカウントを一つ残したが、そこでも一切の相互性を排除した。誰もフォローしない。リプライはしないし、見ない。シェアや「いいね」はもとよりほとんどしないが、徹底してゼロにする。 インターネットで文章を書いて十数年になる。書いているのはフィクション、それから人が書いたフィクションに対する感想文である。ふだんはコメント欄のないブログで延々と書いている。たまに注文原稿の依頼が来る。注文に沿うように努力をするが、いつも注文どおりに書けるのではないし(あきらかに書けない内容の依頼だと辞退する)、しょっちゅう依頼があるのでもない。だから私はプロではない。基的には自分のために無料の文章を大量に書いている愉快なアマチュアである。 私は社交をしないのではない。インターネットでもいい文章を見たら賞賛の感想文を書いてアップロードして人にUR

    知らないなんて許せない - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2019/05/08
  • 「生んでくれてありがとう」 - 傘をひらいて、空を

    生んでくれてありがとう。 息子が言う。保育園の卒園式のことである。子どもたちがひとりひとり保護者にメッセージを伝える。なにぶん六歳だ。自分だけで考えたら、要領をえない、しどろもどろの、あるいは日常的な発話になる。でも式典はスケジュールが決まっているから子どもたちはひとことずつしか口にできない。順番に、滞りなく、全員が、みじかい決め台詞を言う。そういう場だから、文言はだいたい決まっている。「送り迎えしてくれてありがとう」というのがもっとも多い。その中でわたしの息子は「生んでくれてありがとう」と言った。 わたしは反射的に口を手で押さえる。その手をスライドさせて目の下と鼻と口を覆う。表情の細かい伝達を隠し、かつすごく感動しているように見える姿勢をつくる。隣のママ友が言う。まあ、なんてこと言ってくれる子かしら、こっちまで泣いちゃう。ほどなく園児たちはそれぞれの親のところへ行く。わたしはめいっぱい嬉

    「生んでくれてありがとう」 - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2019/04/10
  • たましいの接着の弱さ - 傘をひらいて、空を

    ふだんより大きなプレゼンテーションをする仕事があった。会場も広いし時間も長い。一人でやるとぜったいに間が持たないので仕事仲間と一緒に登壇することにした。 早めに会場に入ると、スタッフから「準備の持ち時間は一組あたり二十分です」と言われた。それまで入れないのだそうだ。しかたがないからぼんやりと立っていた。今日ってまさかえらい人たちも来ちゃうのかなあ。だったらいやだなあ。 気がついたら発表番七分前だった。私が慌てて会場に入ると、このたびの発表の相棒が無表情で準備をしていた。そしてものすごく冷たい声で「早くしてください」と言った。 発表は完全にうまくいったわけではないけれど、まあまあの感触を得た。この感触なら、いいんじゃないですか。私が言うと、相棒はそうですかと言う。彼は他人のなんとなくの反応や発言者の言外の好意悪意みたいなものがさっぱりわからないので、私が解説するのが常である。 いや、今日は

    たましいの接着の弱さ - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2019/04/10
  • 嘘つきの子ども - 傘をひらいて、空を

    母の前で僕は嘘つきになる。母が年をとって弱ってだめになって問題を起こすから、ではない。昔から僕は、親の前で嘘をついていた。 僕の自己認識はとうの昔に「自分の両親の息子」であるより「自分の娘の父親」である。しかし子は成長する。じきに成人する娘に、親というものは、そりゃあいたほうがいいだろうけれども、いなくたってまあどうにかなる程度のものでしかない(そうでなければこちらが困る)。だからそろそろ年老いた両親の保護者としての役割のほうが重要になって、僕はふたたび「人の親」より「人の子」としての認識を強めなくてはならないのだろう。そう思って、僕はため息をつく。親。このやっかいなもの。 僕は当時としては遅くにできた子で、両親はいま八十代。平均的には定年後に直面する親の介護問題が十年早くやってきたような具合だ。両親は地方に、僕は自分の家族と東京に住んでいる。父親は足腰がやられてろくに外出もできなくなった

    嘘つきの子ども - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2018/03/14
  • 五歳児の甘えの技術 - 傘をひらいて、空を

    息子が晩ご飯をべたくないと言う。なぜかと問えばスープがないからだという。保育園のごはんにはついているので、それがなくてはいやなのだという。まったく理屈が通っていない。わたしは保育園のごはんも把握している。息子の通っている保育園は献立だって教えてくれるし、ごはんをちゃんとべているかも知らせてくれるのだ。ほんとうにいつも元気で、お友だちにもやさしくて、好き嫌いもなくて、と聞いている。めちゃくちゃいい子だそうだ。 うちではそこまでではない。ちょっとしたわがままを言ったり、だだをこねたりもする。五歳なんだからそれで問題ない。だだをこねる部分も含めて彼はパーフェクトだとわたしは思っているし、夫もそう思っている。でも今日はちょっとしつこい。しかたがないからスープも出してみたが、これじゃないと言う。そのくせごはんを下げようとするといやだと主張し、ほとんど意地になったように文句を言い続けている。もはや

    五歳児の甘えの技術 - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2018/02/20
  • 世界の底にあるべき網 - 傘をひらいて、空を

    ママなんか、と息子が言う。すごく怒っている。息子はもうすぐ五歳になる。五歳ともなると腹立たしいことがたくさんあり、しかもそれを言語化することができる。歯を磨いたあとにアイスクリームをべさせてもらえないこととか。現在の彼にとって、それはとても重要なことなのだろうとわたしは思う。しかしアイスクリームはあげない。歯を磨いた後だもの。 息子はとても怒っており、そのことを表現している。もうすっかり人類だなあとわたしは思う。わたしと同じたぐいの生物だと感じる。二歳まではそうではない。言語を解さない存在には隔壁を感じる(言うまでもなく、そういう感覚は愛情の有無とは関係がない)。赤ちゃんともなると喜怒哀楽が分化していないから、怒るということがそもそもできない。快不快の不快を泣いて示すのみである。 ママなんか、すばらしくないもん。 わたしは眉を上げる。息子は言いつのる。ママなんか、せかいいちじゃないもん。

    世界の底にあるべき網 - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2017/11/29
  • 自己決定しないためなら何でもする系 - 傘をひらいて、空を

    部下がヤバイ。まじヤバイ。何がヤバイってホウレンソウがすごい。 同僚が、自分は管理職に向いていないかもしれない、と暗い顔で言うので、とりあえず話を聞いた。やばいのはきみの語彙だ、まず、やばさの内実はプラスかマイナスか。私が尋ねると、意味するところはマイナス、すなわち「上司である自分に対する報告・連絡・相談が多すぎて危機感をおぼえる」ということらしかった。 いいじゃん、と私はこたえる。うちのチームでは進捗確認と問題の共有をルーティン化してるよ、部下が勝手にやってくれるならこっちはラクじゃん。そのように煽ると彼は大きくかぶりを振り、「ヤバイ」の内実を言語化してくれた。 彼の問題視する部下は非常に素直でまじめで、何ごとにも前向きに取り組み、入社一年半を迎えようとする現在も緊張感をうしなわない。それだけ聞くと良いことのようにも思えるが、誰が相手であっても、聞き流す、反発するといった態度はあってしか

    自己決定しないためなら何でもする系 - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2017/09/13
  • 何もかもを捨てるための具体的な方法 - 傘をひらいて、空を

    なにもかもがいやになった。 私はもとより性格が暗く、わりとしょっちゅう「ああ何もかもがいやだ」と思う。時間が経つと「やっぱり何もかもがいやなのではない」と思い返す。定期的にそれを繰りかえす。もう飽きるほど繰りかえしているので、々とした気分がやってくると「また君か」と思う。人生は刺激的な冒険であると同時に、平均寿命の半分も過ぎないうちに飽きてしまうルーティンワークでもある。鏡を見れば同じ顔しか出てこない。中身も知れている。そりゃあ、ときどきは「何もかもがいやだ」という気分にもなる。ずっといやになっていないだけ立派なものである。 そんなときには小屋のことを考える。小屋は伊豆半島の、人がたくさん来ない側にあって、海に流れ込む直前のきれいな川のほとりに建っている。山あいだけれども、人里離れているというほどではない。隣の敷地は畑で、その向こうには人が住んでいる。私はその小屋を使うことができる。小屋

    何もかもを捨てるための具体的な方法 - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2017/07/18
  • ごく普通の家族の話 - 傘をひらいて、空を

    そうだこないだわたし養子に入ったの。うん、母が、わたしと妹ふたりに、死んだら貯金とかくれるっていうからさあ。そう、父の再婚相手。正確には再々婚相手。あ、そのあたり話してなかったっけ。 わたし七歳で実母を亡くしてるの。わたしと上の妹を産んだ母ね。大きくなってから「母が」って言ってたのはだから、養母。父親がほんと色ぼけじじいでさあ、養母が来たのって私が高校生のときなの。父親が「この人と結婚するー」って連れてきたわけ。当時、上の妹が中学生で、すごいけんかしてた。 うん、わたしたち、ぐれてもしょうがなかったと思うよ。継母二人目だもの。めんどくさいから、たいしてぐれなかったけど。ね、事実婚でいいじゃんって思うよね、でもぜんぶ法律婚なの。法律婚三回。親が恋愛したからっていちいち結婚して、離婚して、また別の人と結婚して、子どもはいい迷惑だよ。 ひとりめの再婚相手?ああ、彼女はね、死別じゃなくて、ふつうに

    ごく普通の家族の話 - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2016/06/15
  • 一身上の都合 一人目 - 傘をひらいて、空を

    会社を辞めます。 辞表を作る前にまずは直属の上司に話をするって、検索したら出てきたので、お時間いただきました。辞める理由は「一身上の都合」でいいんですよね、すみません、ゆとりで。あ、マキノさん、世代で区切ってなんか言うのって嫌いでしたよね、ごめんなさい。そう言っとくとラクなんで、つい。 一身上の都合の中身ですか。言う必要ありますか。基的にはない?そうですか。でも俺の場合は辞める前に処分が必要になるはずなので話します。立件は難しいでしょうけど事実上は犯罪です。あ、被害者はその人です、マキノさんが思ってるような健全な彼氏彼女じゃないですけど。たぶんほかに好きな男いるんですよ、あの人。口説いても毎度軽くあしらわれてました。 でも誰にでも隙はできます。えっと、この話じたいがマキノさんに対するセクハラになりませんか。ならない?誰かもうひとり呼んだりしないんですか。そうですか、じゃあ続けます。 隙は

    一身上の都合 一人目 - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2015/08/12
  • 幸福な猿と親切な猿回し - 傘をひらいて、空を

    うちのポールはだめだ、なんの意外性もない。彼女がそんなふうにこぼすので私は笑う。ポールは彼女の新しい同僚で、彼女の会社が外資系の会社と吸収にかぎりなく近い合併をしたのでやってきた社員のひとりだ。ポールはアフリカアメリカ人で、彼女の隣の席に座っている。彼らはやや特殊な専門職であり、ふだんの勤務は私服でかまわない。ポールはリーバイスをはく。ポールはコークをのむ。ときどきペプシをのむ。それからやはりコークがいいと言う。 まあまあと私は彼女をなだめ、いい人そうじゃんと言う。彼女はうんざりしたように、ああいい人だよとこたえる。こないだなんかスティーブ・ジョブズに関するを読んで「zenに興味を持った」って真顔で言う、そのがさ、禅をキーワードにジョブズのプレゼン技術を語るなわけ。ああもう、どこまで、ステレオタイプなの。私はげらげら笑い、私その人のこと、わりと好きだな、と言った。私もまあ嫌いじゃな

    幸福な猿と親切な猿回し - 傘をひらいて、空を
    rumbaba
    rumbaba 2012/02/14