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文学に関するsarabandaのブックマーク (3)

  • 本当に大事なことは教えてくれない - よそ行きの妄想

    中学生時代、私は比較的勉強が得意なほうで、そこそこ成績は良かった。ところが、一度だけ国語の論説文読解の問題で文意をまったく理解ができないことがあった。あまりそういう経験をしたことがなかったので、よく覚えている。河合塾の模試だった。 その論説文は、「壁を設けること」という観点から日文化を論じる内容で、対人関係や住居におけるさまざまな「壁」に関していくつか具体的な事例が展開された後、結論へと続く運びであった。ところが、その結論が当時の私にはまったく理解のできないものだった。その結論とは、「壁」を作らないことは失礼なのだという趣旨のものだった。 当時の私の認識はまったく逆で、「壁」をつくらず、開けっぴろげで、気さくな様こそが良いものとばかり思っていたから、自分の認識とはまったく逆の結論をうまく理解することができず、試験の結果としては実に芳しくないものとなったのだった。 そんなことを最近急に思

    本当に大事なことは教えてくれない - よそ行きの妄想
    sarabanda
    sarabanda 2009/12/30
    「中学性の私がうえで紹介した論節分の文意をとり損ねたのも、素直が一番などと平気な顔で言う大人が絶えないからだと思う」/PTA的な言説に騙されると大人になって世間様から世渡りが下手だの空気嫁だのと言われる。
  • 54. 「そんなの知らない」と誇らしげに言う人たち。 ~「下から目線」と「負の教養主義」(2):日経ビジネスオンライン

    日直のチノボーシカです。 前回、下から目線の人たちの「負の教養主義」について予告しておいたとおり、その話をさせてもらおう。 ドイツ哲学やクラシック音楽や世界文学の名作や近代美術といったものを背負った「旧・教養主義」は、大正時代に誕生し、その後少しずつ性格を変えながら昭和初期に拡大、第2次世界大戦後も昭和30年代までは元気だった。1960年代の学生運動の盛り上がりと終焉は、いわば教養主義の自己解体作業だった。1980年代半ばの「ニューアカデミズム」を、旧・教養主義の最後の輝きと位置づける論者もいる。 旧・教養主義が退潮すると、1970年代には「サブカルチャー教養主義」と「負の教養主義」が若者の文化を牽引する。

    54. 「そんなの知らない」と誇らしげに言う人たち。 ~「下から目線」と「負の教養主義」(2):日経ビジネスオンライン
    sarabanda
    sarabanda 2009/12/21
    「『負の教養主義』の主語はおそらく、『私たち大衆』なのだと思う」/日本大衆社会には、「オタク」(=マスカルチャーに対するサブカルチャー)と「ガリ勉」(=教養主義)に対する根強い蔑視がある。
  • 5分で物語を作れるにようになるコツ

    典型的な設定厨アイデア厨だったおれが、 なんとか物語らしきものを作れるようになったコツ。 誰かの役に立つかもしれんのでメモがてら残しておく。 物語の最小構成は「成功するか分からない目標に向かう主人公」だ。 わかりにくい書き方ですまない。ただ、起承転結とか序破急とか専門用語はいまいち何いってるのか分かんないんで、 それ系の参考書とか読みながら、たどり着いたシンプルな結論がこれなんだ。 オリジナルな考え方とかでもなく、専門書ならもっと詳しく丁寧に説明してくれてると思うんで興味があったら色々読んでみてくれ。 ざっと机にあった漫画とかDVDとかを例にあげてみる。 鋼の錬金術師:禁忌を犯して身体を失った主人公達が、自分たちの身体を取り戻そうとする話(最終的に身体が取り戻せるかどうかわからない) 大正野球娘:自分たちを女だからと馬鹿にする男達に野球で勝とうとする話(最終回まで、勝てるかどうか分からない

    5分で物語を作れるにようになるコツ
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