[読書] 渡辺由文『時間と出来事』(中央公論新社、8月25日刊) 9月26日(日)の東京新聞(中日新聞)の読書欄に、以下の書評を書きました。私、中島義道氏、大森荘蔵先生など、一刀両断にバッサリ批判されていますが、なかなか面白い本でした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [評者]植村 恒一郎(群馬県立女子大教授) ■隠喩としての時間を論じる 時間は古来、哲学の大きなテーマであった。アリストテレス、アウグスティヌス、カント、そして二十世紀には、ベルクソン、フッサール、ハイデガーなどが、精緻(せいち)な時間の哲学を展開した。 しかし著者によれば、こうした哲学者の時間論は「もの」と「出来事」の区別をしておらず、時間は隠喩(いんゆ)的にしか表現され得ないことを見落としているという。 我々は、未来の出来事が現在になったり、現在の出来事が過去になったりする「時間の流れ」を当然のこととして疑